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創作物の感想

ゲーム『PrincessBritania~ミューズの宝剣~』感想

貴女に王の器はあるのか

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ブリタニア王国と隣国ヒルベニア共和国は長きに渡る戦争を終結させるため停戦協定を結ぶことになった。ブリタニア王国の七大貴族に名を連ねるクロエ・シェフィールドも式典に参加するが、ヒルベニア共和国の使節団が襲撃を受けてしまう。女王から命を帯びたクロエは、事態を収束すべく行動を始めるが……。

HolicWorks系列の乙女ゲームブランドgirls dynamicsより2017年12月27日発売。

貴族のお嬢様であり女騎士でもある主人公クロエ・シェフィールド(演:星リルカ)が、仲間と協力し、ヒルベニア共和国使節団襲撃事件の真相を暴く18禁乙女ゲーム。公式ジャンル名は「NEO Heroic Opera ADV」。

 

舞台は、女王が統治の全権能を所有する絶対君主制国家、ブリタニア王国。王室と世襲貴族を頂点にしたピラミッド型の階級制度が敷かれた国家である。女王の助言機関として設置された貴族院は非公選議員によって組織されており、女王の孫娘であるクロエも貴族院での発言資格を有している。単一民族国家であり、国民は白色人種の身体的特徴を有する。

ブリタニア王国と長らく敵対関係にあったのが、もうひとつの舞台であるヒルベニア共和国。共和国だが世襲による君主的存在を元首とした国家で、複数の民族から構成される多民族国家でもある。アラブ系の文化を有し、国民の髪色は黒である。

 

政治制度も人種も文化も異なるブリタニア王国とヒルベニア共和国。 

物語は、二国が長きに渡る戦争を終結させ停戦協定を結ぶ場面から始まる。

偏見と無知から対立関係にあったブリタニア王国とヒルベニア共和国が、互いのアイデンティティを尊重し、歩み寄ることができるのか。

主人公の前には歴史と民族対立の厚い壁が立ち塞がる。国家の軋轢を乗り越えて友愛関係を築くべく、主人公と攻略対象たちは対話を重ねていき、相互理解を深めていく。

 

 

現代社会にも通じる課題を扱った本作。

しかし、主人公そのひとの主張に偏りがあり、彼女の発言に同意しかねる場面が散見された。

加えて、主人公のクロエは視野が狭く、思慮が浅い女性である。彼女に国家の命運を委ねざるを得ないブリタニア国民に同情したくなるほど、思考が幼く、他者への配慮に欠ける。 国家の対立を軸にしたメインストーリーに対し、クロエ個人の物語は彼女の驕りが目に余った。

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クロエの性格上の問題は、共通ルート序盤の家族との朝食シーンで早くも明かされる。

女王の孫娘という特権階級に生まれたクロエは、格下である男爵家出身の継母と異母弟を蔑むのである。

クロエ「何より、朝の食事に使う食器としては色が派手すぎます。これでは平民が無理して晩餐会を行っているようです」

クロエ「ああ……、レディ・バークも男爵家と言いながら、元は平民の一人でしたか」

クロエ「それでは、このような始末になったことも頷けます」

「血統」や「平民」のような個人の努力では変えられない属性を取り出して愚弄するクロエ。これから人種が異なるヒルベニア共和国の使節団と交渉する立場でありながら、選民意識を覗かせるのだ。

 

クロエが家族を攻撃する理由も「父の再婚と同居が許せない」という幼稚な思考に因るものである。

クロエの実母は父以外の男と関係を持ち、家を出て行った。残された父はバーク男爵夫人と不倫関係になり、夫人との間に双子の男の子、ライオネル(演:棗田悠斗)とジョシュア(演:絢瀬零士)を授かった。その後、バーク男爵が死亡し、父は継母と再婚した。

父は男爵を亡くした彼女をこの家に引き取った。通常、夫を亡くした妻は子供がいなければ実家に戻り、子供がいればその家に残り子供を育てる。

だが、その子供の父親が問題だった。愛人関係の間に継母が産んだ子は父の子だったのである。

結果、継母は実家に戻ることも、バーク家に残ることもなくシェフィールド家の後妻という地位に収まった。

当たり前のように母の顔をする継母も、異母兄弟もそして不誠実な父もクロエにとっては嫌悪の対象だ。

クロエは父を「不誠実」と罵る。だが、客観的に見れば、実子である双子を認知し、引き取った父親の行動は誠実である。貴族の慣習に従ってバーク男爵家や母親の実家で養育するよりも、名門である七大貴族の父親の家で育てる方がより高等教育を受けさせられる。夫がいる女性と交際した点は謗りを免れないが、父は双子の父親としての責任を果たしている。

しかし、クロエは物事を理性的に判断できず、ひたすらに父と継母、双子の弟たちを嫌悪し、敵愾心を露にする。妻が去った寂しさから女性を求めた父の気持ちを省みることも、出生のために蔑まれる双子の弟たちの悲しみを察することもできないのである。

 

感情に任せて差別発言を繰り返すクロエ。偏狭で短絡的な彼女に国家間の交渉を任せるのは大変危険である。

 

 

プレイ順は、ターリック・アル・ジャッバール→オーランド・ブラックプールド→イズラエル・ダイソン→セオドア・バトゥル→グランドエンド。

 

 

①ターリック・アル・ジャッバール(演:四ツ谷サイダー)

ヒルべニア共和国の王子。

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ターリックの婚約者の振りをしてヒルベニアに滞在し、襲撃事件を調査するルート。

 

出会った当初から口喧嘩ばかりしていたクロエとターリックだったが、協力して調査に当たっていくうちに、お互いの事情を理解できるようになる。

事件解決後、一旦クロエはブリタニアに帰国する。ヒルベニア共和国に残ったターリックはクロエからの手紙を心待ちにしていたが、父王殺しの嫌疑をかけられて獄に繋がれてしまう。クロエはターリックを救うために共和国へ戻るが……。

 

敵国同士の男女が惹かれ合うことで、国家間の緊張関係も緩和されるストーリー。結婚エンド「永遠の始まり」も、クロエとターリックが友人以上恋愛未満で関係を継続させながら、国家間の安定を図るエンド「尊い関係」も、希望が残る結末である。

 

 

②オーランド・ブラックプールド(演:深川緑)

ブリタニア王国の貴族。クロエの幼馴染み。クロエより年長で兄のような存在。

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ブリタニア王国にいる内通者を調査するルート。

 

内通者は、貴族のひとりであるラムズドン伯爵(演:九財翼)。

クロエと対峙したラムズドン伯爵は滔々と犯行動機を語る。

「この国は毒され過ぎている。女王陛下という毒に。

すべて女王陛下の意思で決まる。我々の意思など関係なく。それを誰もおかしいとは思わない……」

「この国には変革が必要なのですよ。血筋ではなく、実力で選ばれた指導者によって」

ラムズドン伯爵は、絶対君主制血統主義を批判し、実力主義を主張する。

しかし、女王を崇拝するクロエはラムズドン伯爵の訴えに耳を貸さず、冷淡な態度を取る。

「驚いたわ。まさか女王陛下に成り代わろうと思っていたなんて考えもしなかったから」

(略)

怒りとあきれと、どちらも綯い交ぜになる。

階級社会の頂点にいるクロエには、下位身分の者たちの間で燻る不満を想像できないのだ。継母と異母弟を「平民」と貶す彼女らしい差別意識の表れである。

 

 

事件解決後の展開は、クロエの自己中心性が顕著となる。

襲撃事件調査中に恋心を自覚したクロエとオーランドは肉体関係になる。ところが、事件解決後、クロエはオーランドが女性を慰めている場面を目撃する。オーランドには他に好きな女性がいるのかもしれない。ショックを受けたクロエは、父から勧められた縁談を受けて、フィデリオ子爵と婚約してしまう。

その後、オーランドと話し合って誤解が解けたクロエは婚約解消を希望するが、父はそれを許さない。クロエとオーランドは婚約解消に向けて奮闘する。

 

いくら動揺したとはいえ、流されるままに婚約するクロエの行動は短絡的である。クロエによって多大なる迷惑をかけられた父とフィデリオ子爵に同情を禁じ得ない。

継母「一度頷いたことを反故にするというのは如何なものでしょうね」

継母は醜く口元をゆがませてから、しかしフンと居丈高な笑みを浮かべた。

継母「ともかく!貴方の言う『貴族の振る舞い』に相応しくないのではなくて?感情のままに行動するなんて、まるで子供ね」

継母の厳しい言葉は核心を突いている。しかし、クロエは己を恥じるどころか、継母の顔を「醜く口元をゆがませて」と評し、

クロエ「情報が早いですね。男爵家ではそういう躾なのでしょうか」

と、見下す始末。ここでも女王の孫娘という身分を振りかざし、格下の男爵家を蔑むのである。

クロエのような貴族がいる以上、貴族を排斥し、ラムズドン伯爵の主張する実力主義を導入すべきではないかと思わずにはいられない。

 

 

イズラエル・ダイソン(演:大鳥遊二)

クロエの執事。黒髪の青年。クロエに対しては敬語で話す。

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主従関係から恋愛関係に移行するルート。

 

イズラエルの正体は、第三国の貴族ニエマイア家の子息。イズラエルは現政権の中心人物である将校に嵌められて失脚した亡父の名誉を回復させるため、密かに活動していた。ヒルベニア共和国使節団襲撃事件を調査する過程で、現政権の悪事が判明し、イズラエルは故郷へ帰国する。エンド「永遠に離れがたく」では、ニエマイア家の地位と名誉が回復する。しかし、イズラエルは貴族の地位を捨て、クロエの執事に戻る道を選ぶ。エンド「遠くない未来に」では、イズラエルは第三国に残留し、貴族として国の立て直しに尽力する。責任と立場を果たすために、別々の道を歩むことを選択したクロエとイズラエルが清々しい。

 

 

④セオドア・バトゥル(演:秋山樹)

ヒルべニア共和国の傭兵。ターリックの側近。飄々とした言動の持ち主。シェイクスピアの演劇を好む。

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各ルートでクロエを翻弄してきたセオドアの過去と真意が明らかになるルート。

 

クロエとセオドアが親しく会話を交わすようになったきっかけは、仮面舞踏会での猫騒動。

仮面舞踏会に乱入した猫を捕まえようと走り回ったクロエとセオドア。二人はお互いの奮闘を讃えつつ、笑い合う。クロエとセオドアはブリタニア王国の貴族とヒルベニア共和国の傭兵という立場を超えて友人になる。

 

しかし、平穏な日々は長く続かない。

クロエが襲撃事件を調査する裏で、ブリタニア王国とヒルベニア共和国を狙う第三国-トゥルキア帝国が暗躍していた。セオドアもその陰謀に加担していることが発覚する。

 

セオドアの正体はトゥルキア帝国の軍人で元剣奴。貴族ジブリール・フォン・サンデルス(演:皇帝)に見出されて奴隷階級から軍人に昇進した経歴の持ち主で、ジブリールの命を受けて、傭兵の振りをしてヒルベニア共和国に潜入していたのである。

 

低い身分の生まれで両親を早くに亡くし、13歳のときから剣奴として生きてきたセオドア。生きるために奴隷と猛獣を殺してきた彼は、人を殺すことにも裏切ることにも慣れていた。トゥルキア帝国の上層部に命じられるままに、敵の命を奪っていく。

友人だったクロエと対峙したときも容赦なく強姦する。

(殺してしまえばそこで終わり。そんな楽なやり方はつまらない。

 生かしておけば。いずれクロエは俺を殺しにくる。

 そのほうが面白い)

セオドアが求めていたものは、他者との繋がりだった。クロエと自身が結びつく何かを欲していたセオドアは、恋が成就できない代わりに憎悪されることでクロエの心に残ろうとする。

一生忘れられないような傷を残した。

彼女に忘れてほしくないと思ってしたというのなら我ながら滑稽だと思った。

 

身分と国家間対立に挟まれて、恋をすることすら許されないセオドア。彼は身分制度の犠牲者だった。

最期に自分の身を犠牲にしてクロエを救うシーンは、叶わない恋へのセオドアなりの抵抗である。

セオドア「やっぱりさ、好きな子には生きていて欲しいでしょう?」

セオドア「さよなら、ばいばい」

「暫しの別れ」を経て辿り着くエンド「確かな熱と誓い」は、 セオドアが報われる結末である。

 

 

⑤グランドエンド

クロエが祖母の跡を継いで女王に就任するルート。

 

祖母である女王から「世界を見てきなさい」と命じられたクロエ。

クロエは攻略対象との交流を通して視野を広げる。

 辿り着いた答えは、戦争ではなく和平交渉を進めることだった。

クロエ「我々は決して感情だけで行動しているのではない。言葉を交わし、歩み寄ることができるのがまた人です……」

クロエ「トゥルキア帝国と戦争を起こす前に相手のことを知るべきです。そうすれば争い以外の道が見つかるかも知れない」

クロエはヒルべニア共和国の王子ターリックとトゥルキア帝国皇帝の名代ジブリールとの和平会談の席を設ける。クロエの尽力によって、三国同盟が成立。

その結果、クロエは王位継承権を得て、即位する。

クロエ「人と人は向かい合って初めて分かり合うことができるのだと」

クロエ「私と貴方たちの間に隔てるものがあってはならない」

性別が異なっていたとしても。年齢が離れていても。人種が異なっていたとしても。対話を通して、誤解と偏見を払拭し、人は分かりあえる。お互いを知ることが、より良好な関係を築く第一歩なのである。

ラストシーンにおけるクロエと攻略対象たちの騒がしいお茶会は象徴的だ。国家と人種の壁を越えて、友人関係を築くことはできるのだ。

 

国家の問題が理想的な方向で収束した一方、クロエ自身の問題は改善が見られなかった。

共通ルートから継続するクロエの家問題は、双子の異母弟ライオネルとジョシュアから褒め称えられたクロエが、弟たちだけは容認するというかたちで決着する。

ジョシュア「姉様は僕らのことが好きじゃなかったと思うけど、僕らは好きだったし……その、格好いいと思っていたから……」

ライオネル「怖いなって思うところもあったけど、父様や母様相手にもはっきり言いたいことを言えて凄いなって」

自身の言動を反省し弟たちに優しく接する展開であれば、クロエの成長が読み取れるが、これでは「おだててくれる弟たちだから優しくする」と言い換えても差し支えない。父や継母のような相性が悪い人間とどのように折り合いをつけていくのかという問題は放置されている。

 

攻略対象と弟たちから尊敬と賛辞を得るクロエ。イエスマンばかりに囲まれたクロエはさらに視野が狭くなるのでないか。懸念が残る結末である。