路傍の感想文

創作物の感想

ゲーム『白と黒のアリス』黒の世界感想

「私も、特別でいたかった」

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黒の世界で女王を務める少女ルナ。ある日、黒の世界でクーデターが発生し、状況を重く見た側近の黒うさぎレインと白うさぎスノウは、「女王を白の世界へ避難させ、新たな女王候補を連れてくる」計画を実行する。ルナは白の世界へ連れ出され、逢山学院高校に通学することになるが……。

オトメイトより2017年6月8日発売。

ルイス・キャロルLewis Carroll)の小説『不思議の国のアリス』(Alice's Adventures in Wonderland)を題材にした全年齢乙女ゲームPSVita)。CEROレーティングはC(恋愛、セクシャル、犯罪)。公式ジャンル名は「女性向け恋愛ADV」。

 

舞台は体に流れる血の優劣によって階級が決まる黒の世界。

血の中に「アリス」という特殊な物質を持つ少女ルナは、第一階層に属し、亡き母アリス=リデルの跡を継いで女王を務めていた。女王の仕事である裁判にも連日取り組んでいたが、自尊心が高く真面目な性格が災いして、時折癇癪を起こしてしまう。

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「許せないわ!死刑よ死刑!!」

「バラは飽きたからひまわりを育てたい」と訴える庭師に死刑を宣告するルナ。その姿は、些細なことで激昂し「首をはねろ!」という台詞を頻発するハートの女王(Queen of Hearts)を模している。

不思議の国のアリス (岩波少年文庫 (047))

不思議の国のアリス (岩波少年文庫 (047))

 

ルナは法廷で孤立し、彼女の「アリス」の能力も弱体化する。黒の世界全体に女王に対する不満の声が燻り、臣下はルナから離れていく。感情が制御できない自身に対する焦燥と現状に対する鬱屈。極度のストレス状態に置かれたルナは解離性障害を起こし、「自分が自分でなくなるような感覚」に陥るようになる。

ついには、ルナが庭師を死刑にしたという誤情報が流布し、クーデターが起きる。状況を重く見た黒うさぎレイン(演:梅原裕一郎)と白うさぎスノウ(演:増田俊樹)は、「アリス」の能力を制御できないルナと「アリス」の力を持つ新たな女王候補愛日梨を交換する計画を実行する。そうとは知らないルナはスノウに連れ出されて、白の世界へと亡命し、愛日梨の代わりに逢山学院高校に通い始める。

 

白の世界は現代日本に酷似した世界。

ルナは普通の女子高生となり、男子高校生になった黒の世界の住人たちと共に学生生活を送ることに。亡き母も元は白の世界の住人だったと知ったルナは、母のように優秀な学生になるために勉学に励む。

 

黒の世界が落ち着いたら女王に復帰したいと切望するルナ。しかし、レインとスノウから計画を聞き、黒の世界に己の居場所がないことを思い知らされる。

 

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私も、特別でいたかった。

女王でいることがそれだった。

だからずっと、しがみついていた。

女王の立場から一転、必要とされない人間へ。

ルナの挫折から始まる本作は、王座から排斥されて、誇りを傷つけられた少女が新たな生き方を模索する物語である。

 

プレイ順は、ハートの騎士ジャック→帽子屋カノン→白うさぎスノウ。

 

 

①ハートの騎士ジャック(演:興津和幸

第二階層出身。女王親衛隊の隊長。真面目で優しい性格。

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モデルは『不思議の国のアリス』のハートのジャック(Knave of Hearts)。ハートの女王が作ったタルトを盗んだ罪で起訴される人物である。

本作のジャックは、ルナに忠誠を誓う剣士。ルナを守るために同じ高校に通い始める。

 

「女王であるかどうかも分からない」ルナを献身的に支えるジャック。ジャックの優しさに触れたルナは彼に惹かれていく。

一方、ジャックは幼き日よりルナを崇拝していた。

「あなたは、十分強いわ。毎日見ていた私が、保証してあげる」

最下層の数字テイルエンドに生まれたジャックは、一族に認められるために剣術に磨きをかけていた。その剣術の才能と努力に目を留めて、ジャックが欲しかった言葉をくれたのはルナただひとりだったのである。その日からジャックはルナに忠義を捧げていた。

自尊感情を喪失していたときにルナの言葉で自らの存在意義を肯定できたジャック。今度はジャックが「女王」の地位を失ったルナを支える番だった。

 

GOODエンドは、黒の世界に帰還するエンドと白の世界に残留するエンドの二種類。

ずっと、この世界に逃げて安寧を享受していた。

――楽しかった。

今まで味わったことのない日常が、今も愛おしい。

始めて出来た友達のこと。みんなでお茶会をした午後のひとときのこと。宝石のような思い出を胸にしまって、普通の学生から女王に戻るルナ。切ないエンディングである。

 

 

②帽子屋カノン(演:花江夏樹

第二階層出身。街で帽子屋を営む青年。手先が器用で、刺繍や裁縫が得意。

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モデルは『不思議の国のアリス』の帽子屋(Hatter)。狂ったお茶会(Mad Tea-Party)の場面で登場し、ハートのジャックの裁判では第一の証人を務める人物である。本作でも三月ウサギ(演:下野紘)とお茶会をする場面がある。

 

本作の帽子屋は毒舌家。ルナのお世話係として白の世界に降り立ったが、生来の毒舌家故、ルナに対して辛辣な言葉を吐く。

「僕は本当のことを言っただけだよ」

「そうやって、自分を否定する人間を嫌な奴扱いしてるから、ワガママ女王になっちゃったんじゃない?」

「所詮、お前は女王だなんていばってるけど、ひとりじゃなにもできないんだ」

「元、女王だろ。今は違う」

「黒の世界に帰りたい」と訴えるルナに対し、「黒の世界はお前を必要としてない」「お払い箱だ」と真実を告げるカノン。飾り気のないカノンの言葉は負けず嫌いのルナの闘争心に火をつける。自立した女王になるために、ルナは努力することに。その手始めは、学校の勉強を頑張ることだった。

 

カノンとルナの距離が近付くきっかけは家庭科の課題。裁縫の経験がないルナに対し、カノンは熱心に指導する。カノンの腕前と真剣な眼差しに感心するルナ。ルナに褒められて内心嬉しいカノン。二人のやり取りは初々しい。

 

中盤では、はるか昔の女王からかけられた魔法によってカノンの時間が止められていることが判明する。カノンは老いることも死ぬこともできず、少年姿のまま何百年も生きていた。『不思議の国のアリス』においてハートの女王の不興を買った帽子屋の時間がティータイムで止まっているように、本作においても帽子屋カノンの時間は動かないのである。

カノンが他者に対して厳しい言葉をぶつけるのは、周囲の人間と一定以上の距離を保つためだった。

「楽しいぶんだけ、怖かった」

「お前はいずれ、僕より先にいなくなる。仲良くなんかなりたくなかった。楽しいなんて思いたくなかった」

カノンの時間を動かす方法はただひとつ。「カノンに魔法をかけた女王から数えて四十二代目の女王を殺すことで、魔法が解除される」。その四十二代目の女王に当たるのがルナだった。ルナを殺して魔法を解けば、カノンは普通の人間に戻れるが、ルナを失うことになる。ルナの命を尊重すれば、ルナは生き延びるが、カノンは不老のまま孤独な生を強いられる。カノンに突きつけられたのは辛い二択だった。

 

カノンがどのような決断を下すのかが見所だが、二種類のGOODエンドはいずれも根本的な問題解決に至らず、釈然としない結果に。白の世界エンドは学校を卒業後ルナとカノンが帽子屋を開業し、一緒の時間を過ごすうちにカノンの時間が動いた(ように見える)という結末。一方、黒の世界エンドはカノンがルナの時間を巻き戻して赤子にするという結末で、同意を得ずにルナを幼児化するカノンの身勝手さが際立つ。幼児化したルナは記憶を失っており、培った人格も歩んできた人生も奪われている。ルナを生かすためとは言え、他の方法を見つけられないものか疑問が浮かぶ。

ルナとカノンが惹かれ合う過程は微笑ましいが、終尾が惜しいルートである。

 

 

③白うさぎスノウ(演:増田俊樹

第二階層出身。女王の側近。黒うさぎレインの双子の兄。物腰が柔らかく温和な性格。

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モデルは『不思議の国のアリス』の白ウサギ(White Rabbit)。アリスを「不思議の国」へといざなうキャラクターだが、本作ではルナを白の世界へ導く役割を担っている。ウサギ穴ではなく、『鏡の国のアリス』(Through the Looking-Glass, and What Alice Found There)のように鏡を通り抜けて異世界へとルナを案内する。

 

スノウルートは真相に当たるシナリオで、「アリス」と女王の秘密が明かされる。

血の中に「アリス」を持つ者はいずれ苛烈な為政者となって、血を飲み続けなければ狂死する定めにある。ルナの祖母であるハートの女王も母アリス=リデルも「アリス」が暴走して死んだ。「アリス」の血が流れているルナも黒の世界に居続ければ、圧政を敷く残虐な独裁者となって死ぬことになる。スノウがルナを白の世界へ避難させたのは、最悪の事態を回避するためであった。女王ルナの代替として、白の世界から連行された女子高生愛日梨はルナの双子の姉妹。「王家に双子が誕生した場合は、必ずひとりを白の世界に飛ばし、女王が暴走した際に白の世界から呼び戻す」という規定に従って、赤子のうちに白の世界へ連れて行かれた少女だったのである。

「あなたが女王だろうと、そうでなかろうと。白の世界だろうと、黒の世界だろうと……。もう、私にはどうでもいいことなんです」

「ただあなたに生きていて欲しい……。私は、あなたと一緒に生きたい―」

ルナが狂わずに生きられる道はないのか。スノウは女王の歴史を紐解きながら、運命を回避する方法を探していた。

 

黒の世界エンドでは、二人の女王―ルナと愛日梨―が同時に即位することで「アリス」の力を制御できることが判明する。そして、スノウのエスコートを受けたルナとレインのエスコートを受けた愛日梨は共に戴冠式に望む。国民から祝福を受けて、ルナは女王としての一歩を踏み出すのだった。

 

 

不思議の国のアリス』を下敷きに、王位を剥奪されて白の世界に追放されたルナが、試練を乗り越え、再び女王の立場を取り戻す貴種流離譚を描いた本作。

特筆すべきは原典を反映したキャラクター造形。白黒うさぎを筆頭に、水タバコをふかす芋虫や軽薄なチェシャ猫など、『不思議の国のアリス』に擬えたキャラクターが多数登場し、物語に彩りを添える。黒の世界、すなわち『不思議の国のアリス』の住人たちの視点では、現実世界である白の世界こそが異界であるという価値観の反転は独創的である。

 

「異界を彷徨う少女アリス」。「国を統治する女王」。若き女王ルナは、少女である『不思議の国のアリス』のアリスと成熟した大人の象徴であるハートの女王、双方の役割を担うが故にどちらの階層にも属さない狭間の存在である。異界である白の世界においてルナが留め置かれる場所が逢山学院なのは、学校が子どもと大人の間、すなわち思春期の少年少女を召集した空間であるからに他ならない。

この学び舎でルナは挫折や苦悩を味わいながらも奮闘し、最後には恋人を得て学校に別れを告げる。学校からの卒業は、思春期の抑圧された状況からの通過を意味する。学生の身分を捨て女王に復帰したルナは、権力を取り戻しただけではなく、子どもである少女アリスから脱却し、大人である女王へと精神的成長を遂げたのである。

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