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ゲーム『蛇香のライラ~Allure of MUSK~ 第二夜 アジアン・ナイト』鱗皇驪ルート感想

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シリーンは「ショーサロン・カマルシャナーサ」の踊り子「舞妖妃」兼密偵。ある日、親友のアイーシャと市場を訪れていたシリーンは、急に見知らぬ人から手を握られる。彼の名前は鱗皇驪。皇驪は愛読書『白蛇伝』の主人公「白娘子」とシリーンを同一人物と思い込んで、声を掛けたのである。皇驪と弟の希驪と面識ができたシリーンだったが……。

オトメイトより2019年1月25日発売。

美貌の踊り子にして密偵の主人公と皇太子の恋を描く全年齢乙女ゲーム(PC)。公式ジャンル名は「女性向け恋愛ADV」。

 

舞台は砂漠の国、シャナーサ王国。各国の王子たちを集め、今後の世界の行く末について話し合う「世界次世代指導者会議」に出席すべく来訪した鱗帝国の皇太子皇驪(演:興津和幸)と弟王子希驪(演:佐藤拓也)。二人が市場で出会ったのは、皇驪の愛読書『白蛇伝』の主人公「白娘子」を象ったかのような美貌の女性だった。その女性―シリーンに一目惚れした皇驪は声を掛ける。

「そなたは、白娘子!ようやく会えた。私の運命の人」

その日の夜。『白蛇伝』に耽溺する兄を案ずる希驪はシリーンが働く「ショーサロン・カマルシャナーサ」を訪れて、

「……こう兄のことを誘惑して、その後手酷くフッてやってよ。あの『白娘子』信者に、現実を見せてやりたいんだ。純愛なんてこの世にはないんだっていう現実を、ね」

と、依頼する。

かくして、シリーンは「世界次世代指導者会議」の九日間の会期中、皇驪を誘惑することに。

 

 

主人公のシリーンは21歳。

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「ショーサロン・カマル」の踊り子。

過去に凄絶な事件に巻き込まれた際に、親友アイーシャ(演:平流エレン)と共に店主様(演:勝杏里)に助けられた。踊り子をしながら、店主様の病気を治す薬の材料を集めるため密偵活動を行っている。

男性を誘惑し、虜にさせることに長けているが、性に関する知識は乏しい。男性経験はなし。

 

攻略対象の鱗皇驪は27歳。

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鱗帝国の第一王位継承者。穏やかな性格で下位身分の者の意見にも耳を傾ける人格者。人を疑うことを知らない。『白蛇伝』の主人公「白娘子」と結婚したいと願っているため、皇后を娶ることを断り続けている。

皇驪が固執する『白蛇伝』とは、中国の四大民間伝説の一つ。人間の男性と白蛇の化身である女性との恋愛を描く異類婚姻譚である。中国では古くから小説や戯曲の題材とされてきた伝説で、残存する最古の蛇女物語と考えられているものは「李黄」(『太平広記』巻四五八)である。『白蛇伝』のヒロインを「白娘子」と呼称するのは、明代の白話小説『警世通言』第二十八巻「白娘子永鎮雷峰塔」以降であり、皇驪の母国である鱗帝国は明代以降の文化を有していると推測される。*1また、本作『蛇香のライラ』では、シリーンの親友アイーシャを「小青」に擬える場面があるが、「小青」の名前は黄図珌の京劇脚本『看山閣楽府雷峰塔伝奇』以降の作品に登場する。

皇驪は絶望していたときに『白蛇伝』に出会って、その美しい世界に希望を持ったという。

 

共通ルート及び個別ルート前半は、シリーンが皇驪にアプローチを仕掛けるストーリー。シリーンは皇驪に接するうちに、純粋な皇驪に惹かれていく。皇驪も彼女が「白娘子」ではないことに気が付いていたが、シリーン自身を愛するようになる。

個別ルート後半は、舞台をシャナーサ王国から鱗帝国に移し、後宮内で発生した誘拐事件を主題とする。

「世界次世代指導者会議」終了後、国へ戻った皇驪たち。シリーンはシャナーサ王国に留まっていたが、皇驪の母である皇后の命を受けた兵士たちに誘拐されて鱗帝国へ連行されてしまう。皇驪は媚薬の金梅を飲まされて火照った体を持て余すシリーンを抱き、翌日、婚礼の儀を執り行ってシリーンを正式な妻とする。後宮で暮らし始めたシリーンは、側室が次々に失踪するという噂を耳にするのだった。

 

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白蛇伝』に着目した本作。その着眼点は秀抜だが、肝となるストーリーの詰めが甘く、説得力に欠ける内容であった。

婚礼の儀が当日準備で間に合う点や側室たちの失踪事件が明るみに出ない点は作劇上の都合としても、皇帝の一言で真犯人の皇后が改心するのは腑に落ちない展開である。さらに、皇后は身分を剥奪されない上に、闇オークションで売られた側室たちは無傷で戻ってくる。奴隷にされた女性たちが肉体的・精神的に無事である可能性は零に等しいであろう。あまりにも荒唐無稽な設定である。

皇驪が皇帝即位後に後宮を廃止すると宣言する場面では、後宮で働く女官や宦官たちの雇用の問題が放置されている。後宮が廃止されると、後宮に食材を提供していた業者や衣装の業者も大口の顧客を失うことになる。彼らの今後の生活や収入はどのように補償する予定なのか。「シリーン一筋だから後宮を廃止する」という安直で愚かな選択に、苦笑せざるを得ない。

また、中国風の国を舞台にしているにもかかわらず、皇后が「オークション」等の英単語を使用している点は違和感がある。「オークション」は「競売」と言い換えられるだろう。些細な言葉遣いにも配慮が行き届いていなかった。

 

人物描写では、皇驪がシリーンに甘い一方、許嫁である美蘭(演:仙台エリ)を冷遇する点が引っかかる。17歳の少女に対して27歳の男が取るにはあまりに冷酷な言動の数々。皇驪が他者への共感能力に欠ける人物として設定されているならば辻褄が合うが、公式サイト上で皇驪は「穏やかな性格」「人格者」と紹介されており、皇驪の人物設定と作中の美蘭への態度にはずれが生じている。皇驪とシリーンの物語を盛り上げるために、恋敵のポジションにある美蘭を否定せざるを得なかったのだろうが、美蘭の心情を想像すると気持ちの良い描写ではなかった。

 

白蛇伝』を取り上げた点は評価できるが、ストーリーの粗雑さと人物描写に不満が残り、全体的な満足度が低い作品である。

 

 

*1:南條竹則『蛇女の伝説 「白蛇伝」を追って東から西へ』平凡社、2000年