路傍の感想文

創作物の感想

ゲーム『痴者の夢』感想

 「何者にもなれないから、あなたのものになる」

 

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高村のどかは恵まれない家庭環境で育った女子学生。ある雨の日、のどかは地元でも有名な豪邸に一人で暮らしている一条正宗と出会う。無職の正宗は、交通事故で死亡した両親の遺産を相続し、のんびり暮らしていた。のどかは正宗と親しく会話を交わすようになる。夏休み。のどかは正宗の家に押しかけるが……。

2020年12月30日に同人サークルsucculentより発売された18禁同人ゲーム。

33歳の無職男性と女子学生の共同生活を描く、選択肢なしの一本道作品。

 

高村のどか(演:星鹿りえ)は母子家庭で育った女子学生。唯一の保護者である母から疎まれ、学校にも居場所がない孤独な少女。

ののは裏切られるために生まれてきた。

誰かに笑われるために。

傷つけられるために。

そう考えないと納得できないよ。

ひょんなことからのどかが知り合ったのは、交通事故で死亡した両親の遺産を相続し、豪邸に一人で暮らしている無職男性、一条正宗(演:青島刃)。夏休み、正宗に懐いたのどかは邸に押しかける。「ひとりはさみしい」と訴えるのどか。のどかは正宗に認められることで自らの存在価値を得ようとする。

正宗「このオレなら自分を大切に、あるいは傷物にしてくれるのではないかと期待しているわけだ。なにもない、何者でもないから、オレのモノになって自らを確かめたいわけだな……」

当初はのどかの存在に難色を示していた正宗だったが、なし崩しでのどかと肉体関係を結んで、同居することに。二人は何度も抱き合い、セックスに溺れていく。

 

 

青島刃さん出演作と聞いて購入した本作。

商業ゲームと比べて同人ゲームは製作者の好みが作品に投影される傾向があるが、本作も例に漏れずライターの趣味に特化した作風で、人を選ぶ内容に仕上がっている。青島さんの美声と演技力は素晴らしいが、キャラクターの言動及びシナリオは褒められたものではなかった。

 

 

はじめに、青島さん演じる正宗の性格が受け入れ難い。屁理屈を捏ね回す無職のネット中毒ということは事前に体験版をプレイしていたので分かってはいたが、ゲームを進めれば進めるほどに、何者でもない正宗が豊富な知識があるかの如く尊大な口調で話すのが鼻につく。「男というのは心が弱い」と性別で決めつけたり、浅い知識で宗教を論破した気になっていたりと、さも自分はこの世の真理を知っているんだとばかりに見識を披露する様子は滑稽だ。

正宗「ふん……ま、わけは違えどオレもネットに友人はいないがな。みんなオレとのレスバトルに負けて逃げていく」

正宗「カンカンガクガク、バーチャルな言い合いだ。このオレの明晰な頭脳と豊富な語彙力に気圧され、大抵の者は恐れをなしてオレを遠ざけるのだ」

正宗「いいか、なぜ神を信仰するのか。それはつらいことも嬉しいこともすべて丸投げするためだ。信じていたからいいことが起こった。信じてないから罰がくだった……」

正宗「そうやって因果を自分以外のモノに求めることで気休めとする。ようはあなたのせいではありませんと言われたいわけだ」

 

のどか「このあいだ作家とか言ってたけど、ほんと?」

正宗「うむ。オレの才能を世に知らしめるための大作を常に執筆中だ」

自信満々に「大作」を執筆中と宣言し、自分は普通の人間と一線を画していると過信する正宗。しかし、本当の彼は才能なんてこれっぽっちもない普通の人間である。

未成年ののどかと体の関係を結んで、何度も異常なセックスに興じる様は、「気持ち悪い」の一言に尽きる。

 

 

次に、本作が提示する価値観は男性に頼る生き方である。

シナリオ後半、生理用品を手に入れるために一時帰宅したのどかは、久々に母親と再会する。以前は多少のどかの話を聞いてくれた母だったが、今回はのどかを冷たく突き放す。男の家に入り浸るのどかはもう子どもではないから、親子関係を解消すると告げる母。10代でのどかを妊娠・出産した母は、自身と同じく10代で男と関係を持った娘を見限ったのである。

邸に戻ったのどかは涙を流す。優しくのどかを包み込む正宗。

正宗「心配ない。捨てる母がいれば、拾うこのオレがいるのだ」

ついに、のどかは学校と一般社会を放棄し正宗の邸に籠もる生活を選択する。広い世界を見るよりも正宗の腕の中にいたい。正宗はのどかの気持ちを汲んで同居生活の継続を決める。母親同様10代で男に頼る生き方を選び、将来の可能性を潰すのどか。恐るべき負の連鎖である。

現状ののどかは「今」しか目に映っていない。正宗との未来を夢見て、幸せに浸っている。

しかし、今後何らかの理由で正宗が姿を消したら、のどかの幸福の城はあっけなく崩れ去る。学も仕事もないのどかは正宗のいない世界で生きていく術を知らない。出来ることは男と寝ることだけだ。のどかに待ち受けるのは地獄である。

 

 

のどかと正宗の関係のように、社会と断絶し男に尽くすことで喜びを感じる生活は幸福の一つの形である。だが、愛は永続しない。いつの日か破局は訪れる。終焉を迎えて男から愛を得られなくなったとき、苦しむのは女だ。特に、のどかは母親から捨てられた心の隙間を正宗で埋めた少女である。「何者にもなれないから、あなたのものになる」と「正宗のもの」になることで自己の存在意義を確立したのどかが、愛を失って「正宗のもの」の役割を喪失したとき、今度こそ壊れてしまうだろう。

正宗が本当に彼女の幸せを願っているのならば。男性に頼る生き方ではなく、自分の足で歩んでいける力を教えるべきである。成人した大人の役目は、未成年者に様々な選択肢を提示し、より良い方向へ進んでいけるように助言することだ。男性の愛と経済力に縋ることだけが女性の生き方ではない。社会の中で仕事や趣味を通して自分の存在価値を肯定する人生もある。その生き方を示すことが大人としての誠実な対応である。体の関係で誤魔化す正宗の態度は到底称賛できるものではない。

 

 

さらに、一本道シナリオである本作において唯一用意された結末はBADエンドであった。

父母をモデルにした小説で、父・一条貴匡に当たる登場人物を交通事故死させた正宗。奇しくも現実の父も交通事故死してしまい、小説が書けなくなってしまった正宗だったが、一念発起し、のどかと自身をモデルにした小説を書き始める。「傑作になる」と豪語し、ベストセラー間違いなしと断言する正宗。相変わらず自信に溢れており、現時点では小説の才能を認められていないにもかかわらず、名声を得られるに違いないと確信する様は無邪気だ。のどかは正宗の執筆を応援する。

のどかの励ましもあって、小説は完成。ところが、正宗はプリントアウトした原稿を焚き火の中に入れる。この小説が世に出て話題になれば、自分たちの関係が明るみに出て、世間から批判を浴びる。正宗は「のどかとの生活を守るため」と説明し、小説の発表を諦めて、庭で原稿を燃やす。

 

一時期は頑張っていた正宗が、ラストシーンで努力の結晶を廃棄し、「空想上の傑作」を執筆するネット中毒無職男に戻ってしまう。悲惨な結末である。

 

 

正宗は私小説が得意というよりそれしか書けないタイプの作家だが、作品中に自分の体験を織り交ぜて文学に昇華させた小説家は例を挙げるまでもない。

ロリヰタ。

ロリヰタ。

 

私小説はノンフィクションではない上に、作者に取材でもしない限り私小説の内容がすなわち作者の実体験そのものであると断言はできない。仮に正宗が小説を発表したところで、その内容をそのまま実際にあった出来事だと受け止める読者は少ないだろう。

それでは何故正宗は、「のどかとの生活を守る」という大義名分を掲げて原稿を燃やしたのか。結局のところ、彼は才能がないことを突きつけられるのが怖かったのだ。

正宗は己の才能を過信しているが、出版社が正宗の小説を歯牙にもかけないことは十分に予想できる。たとえ出版しても正宗が望んだ程に世間の注目を浴びるかは分からない。他人からの評価は才能の有無の確認である。評価される前に、正宗は原稿を廃棄したかった。誰の目にも入らなければ、正宗の小説は永遠に「傑作」で「名作」で「大作」でいられる。そのために「のどかのため」という尤もらしい理由で自分を納得させて、燃やしたのではないだろうか。

才能がないことは悪いことではない。才能がなくとも努力する人間は称賛に値するし、すっぱり諦めて別の道を目指すのも潔い。しかし、正宗のように「〇〇のため」と称して、他者を自分の行動の根拠とし、自己弁護する行為は卑怯である。

 

原稿を焼却した正宗は自己と向き合う機会を放棄した。のどかとの出会いで正宗の人生は好転するどころか、何一つ変化しなかったのだ。その上、のどかに関しては状況がさらに悪化した。これをBADエンドと言わずしてなんと言えよう。

 

 

 

また、ゲーム本編の内容とは直接関係ない事項だが、おまけのライターのスタッフコメントが長いこと長いこと。商業ゲームのCLOCKUPNitro+CHiRALのスタッフコメントと比較すると異様に長い上に、内容も個人の日記である。(あえてこの表現をするが)「信者」向けの文章で、ライターを賛美できないプレイヤーはお呼びでない。

 

先鋭化した作品を製作できるのが同人の強みだが、同人ならではの尖った作風と製作者とプレイヤーの距離が近い感覚は好きにはなれない。同人ゲームはとことん自分には合わないことを痛感した一本だった。