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創作物の感想

ゲーム『東京陰陽師~天現寺橋怜の場合~』感想

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東京が大空襲を受けることなく敗戦を迎えた日本。陰陽師天現寺橋怜は妖絡みの事件を調査する事務所を構えていた。式神のバサラ、羽織役の四谷、元同級生の陰陽師上大崎優らと協力しながら、依頼を解決するが……。

株式会社HolicWorks のブランドTYRANTより2014年6月27日発売。

人間と妖が共存する現代日本を舞台に、陰陽師の主人公が活躍する18禁BLゲーム。公式ジャンル名は「18禁ボーイズラブアドベンチャー」。

 

 

2014年の東京・新宿。

天現寺橋怜(演:大島遊二)は陰陽師として生計を立てている青年。29歳、身長175センチ。

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彼の事務所には妖絡みの案件が持ち込まれる。天現寺橋陰陽師の術を駆使し、日夜、事件解決に奔走していた。

私生活では、式神のバサラ(演:かとういつき)や羽織役の四谷(演:四ツ谷サイダー)など不特定多数の男性たちと刹那の関係を持つ日々。

貧乏だが、充実した毎日。そんな天現寺橋の生活にある転機が訪れる。

 

 

攻略対象は、人間二名、妖一名、式神一名の計四名。うち二名は本編開始時点ですでに天現寺橋と関係を持っている。

構成は四週間の依頼パートで攻略対象と交流を深めて、五週間目から個別ルートに入る流れ。引き受ける依頼の内容と依頼をこなす過程で現れる選択肢によって個別ルートが確定する。

妖や幽霊が引き起こす事件を巡る依頼パートでは、各週につき三件から四件の依頼を解決する。

攻略対象と結ばれる個別ルートは二部構成。他社のBLゲームの個別ルートが「起承転結」ならば、本作の個別ルートは「序破急序破急」である。攻略対象×主人公の恋愛過程が丁寧に描かれる一方で、物語が最高潮に盛り上がりエンディングを迎えるべき場面で第二部が始まり興を削がれてしまうのが難点である。とりわけ第一部で感動的な結末を迎える目黒ルートと上大崎ルートは第二部以降が冗長である。

 

プレイ順は、目黒将人→上大崎優→四谷。

 

 

①目黒将人(演:鷹取玲)

32歳。陰陽師。身長183センチ。強気な性格で、目の前に現れた妖は容赦なく消滅させる。

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妖を憎む目黒。その理由は彼の過去にあった。

妖と人間の間に生まれた目黒と妹のあさひ(演:平野響子)。幼いときに父母を失った二人は、兄妹寄り添って生きてきた。

会社に就職した目黒は陰陽師の副業も始めるように。そんなある日、あさひが妖に喰われて姿を消した。あさひを助けられなかった悔恨から目黒は専業陰陽師になり、妹の手がかりを探していた。

 

個別ルート第一部は、天現寺橋の協力を得て異界に侵入した目黒とあさひの再会を描く。

邂逅を果たした兄妹だったが、人間界と異界では時間の流れが異なるため、異界のあさひは兄の目黒より老いていた。さらに、彼女は妖の男と結婚し、幸せに暮らしていた。異界の生活を選んだあさひを残し、目黒はひとり人間界に帰還する。

目標を失った目黒は生きることを放棄する。

天現寺橋「……きみは仕方がなしに殺される覚悟を持ったのではなく、ただ単に殺して欲しいんだろ」

――そう、これは放棄だ。

考えることを、生きることを。

何もかも諦めて捨ててしまうのだ、この男は。

全部意味が無い、と紙屑のように。

個別ルート第二部は、天現寺橋が失意の目黒を叱咤する物語。

異界から現れたあさひの息子の久人(演:篠原彩)。目黒は陰陽師の仕事絡みで新宿の羽織役の四谷の怒りを買っていた。久人から「目黒を守ってほしい」と依頼を受けた天現寺橋は、目黒を生かすために四谷と戦うことに。

その後、無事四谷との和解に成功した目黒は、天現寺橋と結ばれる。目黒は「こいつが俺を支えてくれたように、俺もこれからは、こいつを支えていく」と誓うのだった。

 

 

精神的な弱さに焦点を当てた目黒ルート。

優秀な陰陽師として天現寺橋の前に立ち塞がる共通ルートとは打って変わって、個別ルートの目黒は弱々しく、天現寺橋に幾度も助けられる。

濡れ場では天現寺橋が目黒に足コキするなど、終始天現寺橋が主導権を握る。目黒が活躍する場面はあまり見られなかった。

妹との切ない再会と別れを描く第一部終了後、余韻が冷めやらぬまま第二部が開始したかと思いきや、すぐさま妹の死が知らされる展開は呆気にとられる。妹の生存確認から死亡までのスパンがあまりに短い。

 

 

②上大崎優(演:式神雀)

29歳。陰陽師。身長178センチ。天現寺橋とは中学高校の同級生。

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個別ルート第一部は、上大崎と共に帰郷する物語。

兄の壱也(演:佐久間匠)の息子翔太(演:鶴屋春人)に陰陽師の才能が発現しないため親族会議が開かれることになった天現寺橋家。天現寺橋は上大崎を伴って実家に戻るが、それは自身の過去と向き合う旅路でもあった。

十数年前。当時高校二年生だった天現寺橋は、ある日実家に連れ戻されて一ヶ月に渡って監視下に置かれた。兄夫婦に子どもが恵まれないため、跡継ぎに指名されたのである。無理やり腕にセーマンとドーマンを刻まれた天現寺橋陰陽道の習得を覚悟した。しかし、翔太の誕生でお役御免となり追い出されてしまう。天現寺橋は過去を捨て上京した。

天現寺橋に片想いしていた同級生の上大崎は、突然目の前から消えた天現寺橋のことをずっと気に掛けていた。東京での再会後も何故あの日行方を晦ましたのか訊けなかった上大崎だったが、今回ようやく事情を知ることに。さらに、ずっと懸想していたことも天現寺橋に告白することになる。

天現寺橋にとって上大崎は幸せだったころの象徴であり、心の支えであった。だが、上大崎との過去を思い出しすぎると、過去が擦り切れてしまうかもしれない。上大崎との記憶をありのまま残すために、天現寺橋はあえて思い出さないようにしていた。

今回の件を通して暗い過去と訣別した天現寺橋は、上大崎の気持ちを受け入れて、晴れて二人は恋人同士になる。

 

個別ルート第二部は、上大崎のお見合いに端を発する喜劇。

恋人になっても手を出してこない上大崎にヤキモキする天現寺橋。その上、上大崎にお見合いの話が舞い込んでしまう。お見合い相手の女性、白金貴子(演:咲ゆたか)にはある問題があった。上大崎家の兄の小路(演:泉菊之介)、父の國春(演:地条Q太郎)も登場し、事態は思わぬ結末を迎えることに。

 

 

少年時代の友情を経て、恋愛に発展する上大崎ルート。

二人が結ばれる過程と天現寺橋の過去を描く第一部は過不足なく完結。そのためコミカルな第二部は蛇足である。お見合い騒動のエピソードを共通ルート・個別ルート前半で描いて天現寺橋と上大崎の距離を縮めてから、第二部で実家に戻る構成にした方が簡潔だったのではないだろうか。

 

 

③四谷(演:四ツ谷サイダー)

妖。四谷一紋の羽織役(元締め)。天現寺橋の初体験の相手。

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個別ルートは、四谷の生みの親に関する物語。

四谷の正体は咒師の須賀華明(演:RYU)によって生み出された蠱毒の妖。主の須賀は四谷を呪物にし、或る一族に呪詛をかけたという。

須賀に執着する謎の男、凶骨(演:丈隆志)の謀略により、天現寺橋と四谷に危機が訪れる。二人は共闘して凶骨に立ち向かう。

 

なお、本作の一部エピソードは、HolicWorks 系列ブランドLoveDeliveryより2008年に発売されたBLゲーム『紅色天井艶妖綺譚』に由来している。

「偵察者」の依頼と個別ルートで顔を見せるのは、藍丸一紋の従属の弧白(演:ルネッサンス山田)と嘉祥一紋の従属の襲(演:木立峻)。2014年現在でも藍丸と嘉祥は羽織役を務めていることが判明。恐るべき長期政権である。

「調査協力」の依頼では、桜井刑事(演:丈隆志)なる人物が登場。上司の名前は九鬼という。真面目な刑事である桜井は、陰陽師や妖の知識は乏しいものの、天現寺橋の協力を得て事件解決に乗り出すことに。彼が携帯する拳銃のグリップには蝶の意匠が細工されており、天現寺橋は蝶が銃に身を寄せているのを目撃する。

 

お察しのとおり、桜井刑事はあの桜螺の縁者である(演じる声優も同一人物)。そして蝶籠は今も桜井の側にいるのだ。時を越えた桜螺と蝶籠の絆に胸打たれる。

本作では桜井刑事と藍丸の間に面識はないが、同じ時代に生きているのであれば出会う機会もあるだろう。桜螺は藍丸との約束を果たせるのか。二人の未来を期待させる挿話である。