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ゲーム『Love☆Drops~みらくる同居物語~』真柴奏ルート感想

「……真柴奏としての人生の最後にお前と出会って良かった、と俺は思っている」

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「誰も住んでいないと家が傷むから」という理由で、死んだ祖父母が残した洋館で一人暮らしを始めた女子高生、田中かなた。彼女が地下室で見つけた壺の中には三匹の魔物が封じられていた。彼らは五十年前に人間界に来て、かなたの祖母にアプローチを仕掛けたが、かなたの祖父に封印されてしまったのだという。かなたは魔物たちと同居生活を始めるが……。

株式会社ウィル(現・ウィルプラス)のブランドシュガービーンズより2006年3月3日発売。魔界シリーズ第一弾。

現代日本を舞台に、魔界の住人たちと女子高生の恋を描く18禁乙女ゲーム。公式ジャンル名「AVG」。

 

主人公の田中かなたは高校二年生。元気で明るく、前向きな性格の持ち主。

子どものころから聞いていた祖父母の恋の話に憧れ、自分もいつかは王子様にめぐり逢えると信じているが、いまだに彼氏がいなかった。

その祖母が半年前に他界し、「誰も住んでいないと家が傷むから」という理由で祖母が残した古びた洋館で一人暮らしを始めることに。悪魔祓いや占いの仕事をしていた祖父。魔力が備わっていた祖母。二人が暮らした洋館にはいわくありげな地下室があった。かなたはその部屋で見つけた動く壺を誤って割ってしまう。すると、中から三匹の魔物が現れた。

セイレーンのフロリア(演:鳥海浩輔)。

ウルフのロイ(演:鈴村健一)。

ヴァンパイアのユーゴ(演:萩道彦)。

彼らは五十年前に面白半分に人間界に来た魔物たち。あてもなく人間界に来た彼らの世話を焼いてくれたかなたの祖母にアプローチを仕掛けたが、返り討ちにされて、かなたの祖父に封印されてしまったのだという。

五十年の時を経て、遂げられなかった想いを遂げようと、魔物たちはかなたに迫る。祖母がくれたお守りのペンダントで身を守りながら、かなたは魔物との同居を始めるが……。

 

攻略対象は、三匹の魔物に加えて、かなたの幼馴染みで同級生の佐倉智哉(演:鈴木千尋)、エクソシストの後輩藤堂聖(演:藤田圭宣)、親友の兄で先輩の真柴奏(演:小西克幸)、天使のシファ(演:谷山紀章)の計七名。

 

 

真柴奏ルートは、かなたの親友真柴美琴(演:吉田愛理)の兄で、一学年上の先輩である奏との恋と別れを描く。

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真柴奏は高校三年生。身長183センチ。常に怒った顔をしており、制服も着崩している。赤ちゃんのときに捨てられて真柴家の養子に入ったため、両親や美琴とは血縁上の繋がりはない。図書室に入り浸って、江戸時代に関する本をよく読んでいる。

 

人を近付けない雰囲気を身に纏う彼は、口調も冷たくそっけない。

かなたは彼の心に踏み入るために何度も声を掛ける。当初はかなたを厄介者扱いしていた奏だったが、とうとうかなたのアプローチに折れて、

「そんなに俺に興味があるなら、俺と付き合うか?」

と、交際を始めることに。「こいつは昨日から俺の女だ」と同居人の魔物たちを牽制し、かなたとのデートを重ねる奏。ある日のデートでは、芸大の写真学科の学生が二人の写真を撮影する。幸せに浸るかなた。

だが、恋人関係になっても寡黙な奏は本心を語らなかった。かなたは不安に駆られる。

奏は他者には打ち明けられない秘密を心裡に隠していたのである。

 

奏の正体は魔物ルブラン。*1自分が死んだことに気が付かず、生前の姿のままで永遠にこの世を彷徨う魔物である。彼は死んだ年齢である18歳の誕生日を迎えると、肉体が消滅し、赤ん坊に戻る。同時に関わりのあった人間たちの脳内からは彼に関する記憶は消え去る。赤ん坊になった彼は別人として18歳まで成長し、また赤ん坊に戻る。ルブランである彼は名前を変えながら永劫の時を生きていた。

 

奏の誕生日まであと数日。「真柴奏」として存在できる時間は限られていた。

「……真柴奏としての人生の最後にお前と出会って良かった、と俺は思っている」

終わることのない生を断ち切るためには、死を理解させる必要がある。魔物たちから助言を得たかなたは、奏に「あなたはずっと昔に死んでいます」と死を伝える。かなたの言葉で自身が死者であるとようやく気が付いた奏。死を受け入れた彼は、愛の言葉を告げて、かなたの前から姿を消した。

 

それからしばらく後。街はクリスマス・イヴを迎えていた。

かなたは芸大の写真学科の学生から写真を受け取る。高い評価を得たというその写真は、かなたと一人の男性を撮影したものだったが、かなたは彼の顔に見覚えがない。

写真を抱えて帰宅する道すがら、ショーウィンドウのテレビからは「幕府軍と戦って命を落とした藩士と恋人との書簡が見つかった」というニュースが流れていた。その恋人が自分と同じ名前である点に興味を持ったかなたは足を止める(幕末の女性の名前が「かなた」?)

ショーウィンドウの店先には、ひとりの男性が立っていた。

彼の名前は……。

 

 

ユーゴ乗り換えENDは、吸血鬼ユーゴが奏を銃撃し死を体感させ、ルブランの運命から解放させる結末。

吸血鬼はその名の通り吸血する異形だが、原義を辿れば死後に葬処より起き上がる死者を指す名称である。*2埋葬後に生前と同じ肉体を保持したまま現れて、人々に害をなし、死に誘う「生ける死体」。生と死の境界を侵犯する者が吸血鬼である。吸血鬼伝承がこの「生ける死体」の怪異に依拠する点を踏まえると、吸血鬼ユーゴが「蘇る死者」奏を葬るのは、同族としての誼と責任感に起因した行動と言えるだろう。

生と死の狭間に立つユーゴから贈られる葬送曲。その音色は哀憐を帯びている。

 

 

 

*1:revenant。フランス語で「幽霊」の意味。歩く死者。犬木加奈子の漫画『真昼のルヴナン』では、いじめの連鎖の象徴としてルヴナンが描かれる。

*2:平賀英一郎『吸血鬼伝承』中央公論新社、2000年