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創作物の感想

ゲーム『メイド★はじめました~ご主人様のお世話いたします~』感想

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大学生の赤木律は就業中に怪我をした母の代わりに東久世家でアルバイトを始める。律に与えられた仕事は「メイド」だった。

VividColor より2007年12月28日発売。

現代日本の豪邸を舞台に、五組のカップルの恋愛模様を描く18禁BLゲーム。

 

夏休み。

一人暮らしをしている大学生の赤木律(演:山口勝平)は暇を持て余していた。猛暑に茹だる彼の元を訪れたのは、母の雇い主である東久世家の三兄弟。当主の東久世霰(演:芝の宮らん子)の息子たちで、父親が異なる異父兄弟だ。彼らは、律の母で三兄弟の乳母でもある赤木ハル(演:細魚)が就業中に足を挫いたため、代わりに東久世家で働いてほしいと律に依頼する。

期間は一週間。日給五万円。衣食住保証。好条件を呑んだ律は、名門東久世家の豪邸の住み込みメイドを引き受ける(本来メイドとは女性使用人を指す名称だが、東久世家では男性使用人もメイドと呼び慣わす)。かくして、七日間のメイド生活が始まるが……。

 

 

①東久世瑪瑙(演:安芸怜須ケン)×赤木律(演:山口勝平

東久世家三兄弟の次男/会社員(開発部)×大学生(建築学専攻)。

瑪瑙の母親と律の母親は大学時代からの親友。

 

律の仕事は在宅勤務中の瑪瑙の話し相手。当初は瑪瑙に反発していた律だったが、瑪瑙の勤務先が憧れの会社と知って認識を改める。建築学を志す者同士、会話が弾むが……。

 

 

謎が残るルート。

瑪瑙の台詞の節々からは、瑪瑙と律が知己である可能性が示唆される。さらに、律はハルの勧めに従って建築学科に進学したのだが、ハルが建築学を口にした理由は瑪瑙と律の幼少期が関係していることが仄めかされる。しかし、瑪瑙が過去に言及する場面もなければ律が記憶を取り戻す場面もなく、幼少期の二人に何が起きたのかは一切不明である。

 

 

②東久世翡翠(演:成田剣)×琥珀(演:宮田幸季

東久世家三兄弟の長男/会社役員×メイド。

 

幼少期に家族から捨てられた琥珀は、行き場もなく道端で座り込んでいたところを、偶然通りかかった東久世家当主の長男翡翠に拾われた。

翡翠「泣き顔じゃなくて、笑顔を見られるように。ごはんをあげるから、私と一緒においで」

翡翠「きみが笑っていられるように、私がずっとそばにいるから」

死を望む琥珀に対し、翡翠は「幸福を贈る」という宝石言葉を持つ「翡翠」の名を与え、居場所を提供した。

出会いから数年。

東久世家の屋敷でメイドとして働く琥珀は、翡翠の夜の相手も務めていた。「翡翠が一週間家を空ける」と耳にすると「翡翠に捨てられたのではないか」に不安に駆られるほどに、翡翠への思慕を深める琥珀。一方、翡翠琥珀に偏った性知識を教え、琥珀が周囲から孤立するように仕向けていたが……。

 

 

共依存カップルの行く末を語るルート。

白眉はBADエンド。

屋敷の異分子である律は翡翠琥珀の歪な関係を指摘し、「琥珀を救ってやりたいと、思ったおまえが、琥珀の世界を狭くしてどうすんだよ」と翡翠を糾弾する。己のエゴイズムを自覚していた翡翠は「私は、今後一切、琥珀に関わらない」と告げる。顔すら向けてくれない翡翠の態度と冷たい言葉に心を痛めた琥珀は窓から飛び降り自殺を図る。

しかし、自殺は失敗。入院を余儀なくされた琥珀は、お見舞いに来てくれる同僚メイドたちやハルと律親子を見て、自分の周縁は翡翠以外にも大事な人たちがいることに気が付く。自殺未遂を通して仮の死を経験した琥珀は、「自分の世界は翡翠だけだ」という強迫的な思い込みから脱するのだった。

 

 

③西久世石榴(演:沖野靖宏)×東久世珊瑚(演:空野太陽)

東久世三兄弟の従兄弟/古本屋×東久世三兄弟の三男/大学院生(植物学専攻)。

石榴は珊瑚を「姫君」と呼ぶ。

 

東久世家当主の三男珊瑚は従兄弟の石榴を好いている。優秀な兄たちとの比較に苦悩する珊瑚に対し、石榴だけが「珊瑚は珊瑚だからいいんだよ」と肯定してくれたからだ。「珊瑚が珊瑚らしくいられる場所を俺が一緒に探してあげるから」。石榴がそう言ってくれたから、本当に自分のやりたいことを見つけられた。その夢を諦めて、東久世家の仕事を継ぐことは、石榴に対する裏切りである。

夢を叶えるためには、珊瑚の悪いところを指摘し、一緒に笑ってくれる唯一の相手である幼馴染みのメイド頭、津田圭一(演:平井達矢)が必要だ。

津田「お金もたまってきたし、ここにいると普通の感覚じゃなくなりそうだし、メイドやめて、ぶらっと旅行でもしようかな」

辞職を匂わした津田を引き止めるために謀略を練った珊瑚は、津田を宝物庫へ連れて行くと、目の前で高価な壺を割った。「あー、圭ちゃん、これ高いのに」。あえて無邪気な声を上げて、さも津田が割ったかのように見せかけた。その結果、罪を被った津田は五年間無給で労働するように命じられる。珊瑚は己の充足のためならば他者の人生を犠牲にすることすら厭わない冷酷な人間だったのである。

壺事件から五年後。

珊瑚はアルバイトメイドの律を歓迎し、早速植物採集に付き合わせる。植物採集は夢の実現のために必要な作業である。相変わらず他人を利用する珊瑚。

すると、偶然石榴が東久世家を訪問する。見掛けない顔の律に興味が湧いた様子の石榴は律に話し掛ける。珊瑚は嫉妬心を顕にするが……。

珊瑚「久しぶりなのに、なんで、律ちゃんの相手ばっかしてんの!?前は、ぼくのこと、ちゃんとかまってくれたのにー!」

 

 

冷血なエゴイストを主役に据えたルート。

言わずもがな石榴も珊瑚に好意を抱いているため恋は容易く結実するが、皮肉なことに劇中で珊瑚の夢が実現するのは石榴と結ばれないBADエンドである。

 

十数年後。

植物学者として成功した珊瑚は学会発表の会場で石榴に声を掛けられる。学者と古本屋の立場で会話をする二人の間に昔のような気安さはない。

十年たって、あのときの気持ちが恋だと知った。

もしかしたら、石榴も同じ気持ちでいてくれたのかも、と思うことはある。

だけど、終わったことだ。

もう、終わったこと。

潰えた恋に蓋をする珊瑚。恋の終焉は、珊瑚の心裡に潜む甘ったれた子どもを死に至らしめたのだった。

 

 

④苅野健太郎(演:黒瀬鷹)×津田圭一(演:平井達矢)

七代目「東久世水晶」/冒険家×メイド頭。

 

珊瑚ルートでは、人生の目標を「平穏無事に過ごす」と断言した津田。ところが、幼馴染みの珊瑚も知らない津田の秘密は平穏とはかけ離れていた。

当主の夫は「東久世水晶」の名前を継承する規定がある東久世家。現在の「東久世水晶」は九代目。その二代前、七代目「東久世水晶」は霰の七人目の夫に当たるが、彼と霰の離婚原因を作ったのは他ならぬ津田だったのである。

 

七代目「東久世水晶」、本名苅野健太郎の職業は冒険家。一年の大半を海外で過ごしているが、霰と結婚後は東久世家に滞在していた。メイド頭の津田は苅野の傍に控えているうちに恋心を膨らませる。苅野もまた津田を好いていた。やがてキスをする仲に(二人のファーストキスは『Cool-B』2007年9月号を参照)。

ついに意を決した二人は霰に離婚を切り出す。

 

当主の霰は気風の良い人物。

「津田くんには罪がないから」とぼくと霰だけで話し合いをしたいと言う苅野に対し、

霰「あたしは、あんたたち二人と話したいの」

霰「それに、だれかを好きになるのは、悪いとか悪くないとかじゃないでしょ」

と、きっぱりと返答する様子からは、当事者として誠実に問題に向き合おうとする姿勢が見て取れる。

霰「あたしの背後でこっそりと、うちのメイド頭をたぶらかすような男は願い下げ」

霰「あたしのお古で悪いけど、あんた、健太郎の面倒見て」

霰は「使用人が当主の夫を奪う」物語を「当主から捨てられた男を使用人が引き取る」物語に語り変えることで、自身の矜持を保ち、津田の心に巣食う罪悪感を軽減する。それでもなお罪の意識に苛まれる津田に対し、霰は「幸せになりなさい」と優しく声を掛けて平手打ちをする。聖女のように許しを施すのは容易いが、その優しさは罪人をさらなる刻苦に突き落とすことに他ならない。霰は儀礼的な平手打ちで怒りの感情を表明し、この場をもって津田への恨みが決着したことを明示したのだった。

その夜、津田と苅野は結ばれ、数年後の現在も交際が続いていた。

 

 

本作で最も魅力的なカップルのルート。

自身を「世間ずれしている」と評する津田だが、言動からは勝者の余裕としたたかさが滲み出る。穏やかでのんびりした性格の年上男性、苅野はそんな津田を深い愛で包み込む。慈愛に満ちた苅野の前では、津田も甘えを見せてしまう。

年の差カップルならではの年齢差を意識した睦言はどこまでも甘く、多幸感に溢れている。

 

 

⑤東久世水晶(演:松涛エルサ)×北斗遙(演:氷河流)

九代目「東久世水晶」/経営学者×秘書。

 

霰と二か月前に結婚した九代目「東久世水晶」は経営学者で元大学教授。秘書の北斗遙は水晶の教え子で恋人である。北斗は水晶と霰の結婚が面白くなく、不機嫌な態度を取っていた。しかし、水晶の口から「友人である霰に頼まれて形式的に結婚した」と説明を受けて、水晶との縒りを戻す。

 

九代目「東久世水晶」は長男翡翠の父親と噂される人物だが、その話題には全く触れずに終了する。