路傍の感想文

創作物の感想

BL思い出語り~出会い編~

その昔、『活字倶楽部』という名の雑誌があった。発行元は雑草社。季刊の文芸情報誌。

私が『活字倶楽部』に出会ったのは地元の公立図書館である。その図書館は保管期限が過ぎて除籍処分となった本や雑誌を月に一度「リサイクル本」として自治体住民へ無償提供しており、金銭的余裕がなかったころは、毎月のように図書館に通っては「リサイクル本」を手に入れていた。あるとき、いつものように「リサイクル本」の山の中からお目当てを探していると、分厚い雑誌の束を見つけた。雑誌名は『活字倶楽部』。表紙の情報から推測するに、『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA)のように本や作家を紹介する雑誌である。迷いなく『活字倶楽部』の束、約五年間分のバックナンバーを抱えて家路を急いだ。

 

当時、中学二年生。それまで家と学校の往復で人生を消費していた中学生にとって『活字倶楽部』の誌面は刺激に満ちていた。ページを捲る度に現れるのは、国語便覧には掲載されないであろう本や作家たち。一般文芸、ミステリ、ファンタジー、ノンフィクション、専門書、海外文学……。この世界には沢山の本が存在することを『活字倶楽部』は教えてくれた。魅力的な解説文に心擽られて、ノートに読みたい本の題名をメモしていくと、すぐに一ページ埋まってしまう。『活字倶楽部』が提供する情報量の洪水にたちまち耽溺した。

 

架空のキャラクターを愛でる文化に初めて触れたのも『活字倶楽部』である。この雑誌では、毎号の巻末にて投稿者参加型企画の小説キャラクター人気投票が行われており、熱心な投稿者たちが描いたイラストや応援メッセージが紙面を飾っていた。1位を巡って鎬を削るのは「直江信綱」やら「榎木津礼二郎」やら「火村英生」やら小説の登場人物たち。とりわけ人気だったのは「直江信綱」で、1位「直江信綱」、2位「仰木高耶」になると、「下剋上おめでとう」とコメントが寄せられ、「直江信綱」の所属するシリーズが最終巻を迎えると、「彼らが選んだ道だから」「悲しい」「涙」と悲嘆の声の大合唱になる。自分の身の回りでは全く耳にしたことがないが、『活字倶楽部』誌上では誰もが知る有名人で、最終巻で悲劇へと至ってもなお愛されている。「直江信綱」は『活字倶楽部』の編集者と投稿者が作り上げた共同幻想の中のアイドルだった。

小説の登場人物をアイドルに祭り上げるとは、恐れ多い所業である。当時の私には、架空のキャラクターを愛したり、まるで現実に生きているかのように扱ったりすることは、理解の範疇を超えた発想だった。閉じた小説世界に読者が侵入し、登場人物に熱情を捧げる行為に恐怖を感じた。

 

 

面白いけど怖い。そんな二律背反の思いを抱きながら、五年分のバックナンバーを読み進めていたある日、BL特集号に行き着いた。

掲載されていたのは、『タクミくん』シリーズの著者・ごとうしのぶ先生のインタビュー、『影の館』『間の楔』の著者・吉原理恵子先生のインタビュー。記憶が定かではないが、ごとう先生は「国鉄ストライキの影響で学校に宿泊し、その際に同級生に頼まれて文章を書いたことが小説執筆のきっかけ」、吉原先生は「雑誌に『影の館』の原稿を送ったことがデビューのきっかけ」と語られていたと思う。(国鉄って何?)とすごく疑問だったのを覚えている。

 

見開き二ページに及ぶ吉原先生のインタビューの続きを読むべく、次のページを開いた瞬間、目が釘付けになった。向かって右ページはインタビューの続き、左ページは著作解説。その左ページ上部に、一冊の書影があった。

子供の領分シリーズ第1巻(角川ルビー文庫)である。

表紙の中心に位置し、頬杖をつく学生服の青年。如月弘鷹先生装画による主人公・茅野広海くんだ。彼の鋭い瞳に私の心は一瞬で射抜かれた。

 

書影の下の解説によれば、「明るい学園生活が描かれるが、時折広海くんの過去の暴行事件が暗い影を落とす」内容だという。光と影。明と暗。良いではないか。

そして「Hなし」の文言。Hの具体的な行為内容について知らなかった当時、Hとは電車の吊り広告にあるような水着グラビアを指し、「Hなし」はすなわち「水着なし、裸なし」と同義と解釈した。男子高校生が男性と婚約する小説「まるマ」シリーズ(喬林知角川ビーンズ文庫)や男性同士の親密な関係を描いた集英社コバルト文庫群の影響で男性×男性に抵抗感はなかったものの、いやらしい水着や裸は見たくなかった自分にとっては朗報である。恐る恐る学校近くの書店で購入した。これが人生で初めて読んだBL小説との出会いであった。

 

今振り返ってみると、ビーンズ文庫はさておき、コバルト文庫はBL小説の範疇に入るのではないかと思わなくもないが、当時は中高の図書室に並ぶコバルト文庫と、図書館未所蔵のBL小説は別物という認識である。書店で『子供の領分』シリーズを購入したときの恥ずかしさと後ろめたさ、読み始めたときの背徳感と興奮は、コバルト文庫の比ではなかった。

この作品については色々思い出があるのだが、今回書き残したいのは、2巻の長男・茅野陽一×三男・茅野大地のキスシーンである。この場面は口絵にも描かれており、当時の自分に大変な衝撃を与えた。

 

この場面の肝は、陽一さんと大地くんの間に親愛感情はないどころか、どちらかと言えば対立している間柄という点にある。長男の陽一さんは次男の広海くんを溺愛しているが、三男の大地くんにはさほど興味がない。そして、三男の大地くんは兄である次男の広海くんを慕っているが、上の兄である長男の陽一さんを好いてはいない。次男の広海くんを巡って、長男と三男はいわばライバル関係にある。そのような緊張関係を保っていたある日、長男・陽一さんが三男・大地くんにキスを仕掛けたのである。キスをした理由はただの嫌がらせ。色めいた話ではなく、ギャグの延長として描写された場面である。けれど、恋愛感情がない男性同士が接触を持つ行為は、好きな者同士がキスをする行為以上に尊いものに見えた。

 

 

次に手を伸ばしたのは、『子供の領分』シリーズの挿絵を担当している如月弘鷹先生のBL漫画『兄弟限定!』角川書店)。

こちらの作品は、「三男の園岡総一郎が長男・白川雅東×次男・白川要の濡れ場を目撃するが、長男と次男の間に恋愛感情は一切なかった。何故二人は関係を持っているのか。三男は長男と次男の関係に隠された秘密を紐解く」というミステリ仕立ての内容。雅東さんと要さんの場面はちょっと服を開けた二人が密着している程度の描写のみで読みやすく、読了後は上質な推理小説を読み終えた後のような感動を覚えた。 

好きではない人と関係を持つが、最も好きな人とは結ばれない。「彼」の視点から真実に辿り着いたとき、BL作品の奥深さを思い知らされた。

 

奇しくも初めてのBL小説と初めてのBL漫画共に三兄弟もの、かつ恋愛感情がない二人が接触を持つ内容である。その後のBLの好みは、この時点で確定したのだと、しみじみ痛感する。

 

 

 

さて、ここまで書いたのは楽しかった思い出である。

次に書くのは、苦い記憶。『子供の領分』の文庫本を途中まで、『兄弟限定!』1・2巻を読了後に、手にしたBL小説の話である。その小説の題名は、仮に『O』とする。

『O』は図書館に所蔵されていた小説のスピンオフである。『子供の領分』を読む以前、私はその本編である小説を読了していた。男性×男性のキスシーン以上の描写はなく、上述の「図書館にある本=BLではない」理論も踏まえてBL小説とは認識しなかった本である。恋愛よりも本筋のストーリー展開に夢中なり続編を熱望していたが、どうやらスピンオフの『O』はBLレーベル(『活字倶楽部』調べ)から出版されているらしい。心理的ハードルはあったが、『子供の領分』でBL小説デビューを果たした今、恐れることはないだろう。で、『O』を購入した。これが間違いだった。

 

面白かったかと言えば、嘘ではないのだ。最終場面に至るまでは本筋のストーリーも読み応えがあったし、「この二人の出会いはこうだったのか」といったスピンオフならではの楽しみも担保されていた。問題は最終場面である。

諸事情により、攻め役である青年は受け役の青年を抱くことになる。本編で二人がカップルであることは読者も了承済みである。そこまではいい。攻め役は服を脱いで、受け役も服を脱いで……。その後……。

 

 

驚愕した。混乱した。

子供の領分』に存在せず、漫画である『兄弟限定!』では暈されていた濡れ場。その具体的行為内容が克明に綴られていた。服を脱いで肌を密着させる先にあるもの。攻め受けの本義。水着グラビアをはるかに超越した世界の真実がそこにあった。

 

『兄弟限定!』にて、雅東さんは要さんにこれを強いていたのか。要さんはこんな行為を受け入れていたのか。

 

 

BL小説『O』はこれまで築いていた常識を打ち砕いた。

嫌悪。拒絶。怒り。後悔。

知りたくなかった。

大人は汚い。醜い。

 

 

 

小説『O』は視界に入らない場所に隠した。ひたすらに気持ち悪かった。

子供の領分』の紹介にわざわざ「Hなし」と注記するということは、BL小説における濡れ場描写は標準仕様と考えられる。こんな描写がある小説を普通に読んで、涼しい顔で紹介するBL読者は常人ではない。

 

 

 

でも。濡れ場がなくともBL小説は成立するはずだ。だって『子供の領分』があるのだから。祈るように読み始めたのは、唯一未読だった単行本子供の領分REMIX ─be under─』

あの夢オチ本である。

 

……この世界に濡れ場がないBLはあるのかな。

そう呟いた中学二年生の冬だった。

 

 

 

(続)