路傍の感想文

創作物の感想

ゲーム『花町物語』感想

「幸也は人形が大好きだった。だから私は、仕事で海外に行くたびに人形を買ってきたんだ」

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薄幸の少年朱璃は、陰間茶屋「華菱」の主人に美貌を見出され、「華菱」に身を寄せる。先輩陰間や同輩、見張り番、絵師、常連客……。「華菱」を取り巻く人々との出会いを重ねながら、朱璃は水揚げの日を待つが……。

VividColorより2005年8月26日発売。遊郭シリーズ第一弾。

苦界を舞台に、新人陰間の少年の恋を描く18禁BLゲーム。

 

 

時は明示12年。

女郎と英国人の間に生まれた朱璃(演:緑川光)は天涯孤独の身。亡き母親が生前身を置いていた女郎屋で下働きをしていたが、目立つ容姿故に虐めを受けていた。ある日、陰間茶屋「華菱」の主人である東條巽(演:森川智之)に美貌を見出された朱璃は、「華菱」に引き取られる。辛い境遇から抜け出させた喜びと、売春への恐怖。相反する二つの感情の間で揺れ動きつつ、朱璃は「華菱」を取り巻く人々との出会いを果たす。やがて水揚げの日が訪れるが、そのとき朱璃の前に姿を現したのは……。

 

 

攻略対象は、「華菱」の主人である東條巽、巽の兄で軍人の二階堂将人(演:檜山修之)、将人と巽兄弟の叔父で貿易商の各務征士郎(演:成田剣)、「華菱」の陰間である榎本朔弥(演:プレグレス)と相馬和泉(演:万栗太郎)、「華菱」の見張り番の梶山啓治(演:富士爆発)、絵師の五十嵐馨(演:沖野靖宏)の計七名。榎本朔弥と相馬和泉は同軸リバあり。

 

 

プレイ順は、梶山啓治→各務征士郎。

 

 

①梶山啓治(演:富士爆発)

「華菱」の見張り番。

寡黙で義理堅い青年。浅黒い肌と鍛え上げられた筋肉の持ち主。

 

 

野良猫を「くろ」と名付け、飼い始めた朱璃。

ある日、「くろ」が執務室に侵入し、巽の怒りを買う。罰として折檻を受けたのは、飼い主の朱璃ではなく、身代わりを申し出た梶山だった。さらに、「くろ」が食あたりになると、梶山は一晩中つきっきりで看病してくれた。ぶっきらぼうだが、優しさを見せる梶山に、朱璃は恋慕する。

梶山は巽の命令に従って朱璃の水揚げの相手を務めたが、朱璃は彼が住む小屋に幾度も通い、枕を交わす。

 

しかし、梶山には朱璃の想いに答えられない事情があった。ある日、梶山と中年男性が言い争う場面を目撃した朱璃は、梶山の過去を教えられる。

幕末、幕府側に与していた梶山と仲間の浅倉は、幕府に仇なす者たちの暗殺を請け負っていた。

あるとき、浅倉は花町に住む異国人と女郎の夫婦を間者と断定し、斬殺した。仲間の行動を見かねた梶山は、夫婦の一人息子を助け出し、死んだ女郎が勤めていた遊郭の主人にその子どもを託し、自首。処刑されたが、天幸で蘇生し無罪放免となり、出所後はかつて助けた子ども――朱璃を遠くから見守ることで己の罪に対峙していた。

梶山が朱璃の嘗めた辛酸の一端を担っていた事実を知った朱璃は、罪悪感を打ち消せない梶山に許しを与えた。

 

ついに朱璃が客を取る日。

朱璃は梶山以外の男と寝ることを拒む。梶山は客を殴打して朱璃を救出し、二人は駆け落ちを決意する。

「二人でここから逃げれば、追われる身になるだろう……」

「暖かい布団も、上等の食事も、綺麗な着物も……それに、友達もいなくなる……」

「この華菱で与えられていたものは、何も手に入らなくなる」

朱璃は享受していた安逸を放棄し、梶山との人生を選び取る。

他者からの干渉に運命を委ねていた少年は、自らの意思で行く先を決める自己決定権を獲得するのだった。

 

 

②各務征士郎(演:成田剣

貿易商。「華菱」の常連客。将人と巽の叔父。

朱璃に本やお菓子、万華鏡を与えて、花町の外の世界を教示する。

 

甥の巽を訪ねに来た各務と知り合った朱璃。その後も顔を合わせる機会に恵まれ、朱璃は親切な各務に惹かれていく。

色事に慣れているという理由で、巽は朱璃の水揚げの相手に各務を指名し、二人は戸惑いつつも結ばれる。

 

初夜以降、各務の登楼が待ち遠しい朱璃だったが、彼はなかなか姿を見せない。

ようやく登楼したものの、各務は部屋で眠っていた。寝惚けた各務は、朱璃に「幸也」と呼び掛けた。

覚醒後、問われた各務は、「幸也」は失踪した義理の息子の名前であると明かした。

「私が愛した人は、皆いなくなる……」

「私は君が考えているような良い人間ではないんだよ……」

妻の連れ子で、妻に似た面差しの幸也。妻の病死後、彼の顔を見るのが辛くなった各務は、幸也に「酷いこと」をした。その結果、幸也は各務の前から姿を消した。取り返しのつかない過ちを犯した各務は、朱璃に幸也の面影を重ね、朱璃を通して彼への贖罪を果たそうとしていた。

「私は、幸也に父親らしいことをしてやれなかった。

だから朱璃と一緒に、幸也とはできなかったことをしたいんだ」

 

GOODEND二種はいずれも各務に身請けされる結末。

各務の助手になり、海外へ旅立つGOODEND1。

各務の養子に迎え入れられ、お屋敷で一緒に暮らすGOODEND2。

どちらにせよ、好きな人と結ばれて何不自由ない生活を送る、幸せに満ちた終幕である。しかし、BADEND通過後に再びGOODENDを振り返ると、その幸福は薄氷の上に成り立っていることが発覚する。

 

 

BADENDは、不穏な噂を伴って幕を開ける。

美術館に出掛けた二人は、帰り道に公園に立ち寄る。その公園は暴漢が出没する噂があった。巡回していた将人からわざわざ忠告を受けた二人だったが、途中ではぐれてしまい、朱璃は暴漢に襲われてしまう。全てが終わった後に姿を見せた各務は、朱璃の惨状に茫然自失となる。「すまない、すまない」と謝罪の言葉を繰り返し、各務は気を失っている朱璃を自宅に連れ帰る。

朱璃が目を覚ますと、見覚えのない部屋のベッドに横たえられていた。足には鉄の足枷が繋がれている。部屋を埋め尽くすのは、沢山の人形たち。各務は何故か笑みを浮かべている。

「お前は、私のものだ……誰にも触れさせないよ……幸也……」

「やっと戻ってきたんだね……あの頃と同じように、愛してあげるからね……」

朱璃を「幸也」と呼び、強引に抱く各務。

貫かれながら、朱璃は天井の梁からぶら下がっている古びた縄に気付く。その存在は、朱璃の胸中にある推測を齎すのに充分だった。

幸也はこの部屋に監禁され、各務に抱かれていた。そして義父からの性暴力に耐えかねて自殺したが、各務は幸也の死を認められないのだと……。

 

 

BADENDにて可視化されたのは、甥の将人と巽兄弟も知らされていないのであろう各務の罪。*1

その罪を暴いたのは、偶発的な事件を前にした各務の精神の混乱であったが、突発的な事態はGOODENDの世界においても起こり得る。いつ何時、各務の精神が変調を来たしてもおかしくはない。その起爆の時機は各務本人も予測不可能である。危険性を孕んだ男との交際は心中行為に等しく、GOODENDにおける朱璃の未来には暗い影が差す。

 

金も名誉もない梶山と金満家の各務は、立場を異にしながらも、「罪人」という点においては鏡写しのキャラクターである。

自分にできる償いの方法を模索する梶山。

自己防衛のために記憶を改竄していた各務。

誠実に前科と正対していた梶山との対比によって浮かび上がるのは、各務の低劣な人間性である。

 

 

③おまけシナリオ

全ルート攻略後に解放されるシナリオ。

威勢の良い口上に乗せて語られるのは、怪盗「黒薔薇仮面」の華麗なる犯行。

全キャラクターが登場するコメディタッチなifストーリー……と見せかけて、ある男の一人勝ちに収束する。

本編の焼き直しであり、あり得たかもしれない未来の一つである。

 

 

 

 

*1:正義感の強い将人が黙っているはずがないし、巽も各務の登楼を許可しないだろう。