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創作物の感想

ゲーム『篠田新宿探偵事務所 唐獅子牡丹』感想

ピタパ
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碓井佳人は「篠田新宿探偵事務所」で働き始めたばかりの新人探偵。ある日、探偵事務所と新宿中央署が手を組んで、覚醒剤の密売ルートを探ることになる。碓井は刑事の亜雲壮とコンビを組んで潜入捜査に参加するが……。

HolicWorks より2018年10月26日に発売。
同ブランドより2016年に発売されたBLCDシリーズ『篠田新宿探偵事務所』(全3巻)の派生作品。元警察官の篠田累(演:青葉七海〈ゲーム版〉、高梨謙吾〈CD版〉)が所長を務める「篠田新宿探偵事務所」に所属する探偵・碓井佳人(演:冬ノ熊肉)が売春組織とヤクザ組織に潜入し、覚醒剤の密売ルートを探る18禁BLゲーム。



ピタパン」という料理をご存じだろうか。
冷凍パン ピタパン 焼成済 デルソーレ 60g×5枚
ピタパン(冷凍パン)7インチサイズ 5枚入り 【販売元:The Meat Guy(ミートガイ)】

ピタパン(pita bread)」とは、地中海沿岸や中東地域で食べられている直径20センチくらいの平たく円形のパンである。ソース類を掬って食べたり、中にスブラキやケバブ、ファラフェルなどの具材を挟んで食べたりする。ギリシャ語では「ピタ」はパイやケーキを指し、英語圏では「ポケットパン(pocket bread)」と呼ばれる。一説では、ピザの語源であるという。
日本でもクックパッド等で「ピタパン」を使ったレシピが紹介されており、知る人ぞ知る料理である。




さて、何故ここで「ピタパン」を紹介したかというと……

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ゲームアイコンに「ピタパン」。
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テキストアイコンに「ピタパン」。

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一文クリックするごとに、現れる「ピタパン」。


本作『篠田新宿探偵事務所 唐獅子牡丹』の象徴が「ピタパン」なのである。


ゲーム本編で「ピタパン」を食べるシーンがあるわけではない(作中で食するのは白米)。
ピタパンの食文化がある地中海沿岸地域や中東が登場するわけでもない。
確固たる理由もなく、「ピタパン」は鎮座する。

何故「ピタパン」なのか。
ピタパン」は必要なのか。
ピタパン」でなければならないのか。
ゲームを進めれば進めるほど謎が深まっていく。


全4ルート(亜雲2種、幡1種、グランドエンド1種)を巡りながら、頭の中を占めるのは常に「ピタパン」であった。忘れたくとも全ての文章の末尾に「ピタパン」アイコンが出るので、意識から追い出すことができないのだ。

グランドエンドにおいて全ての真相が明かされて、ついでに「ピタパン」も取り上げられると信じていたが……。




プレイ順は、亜雲ルート1→亜雲ルート2→幡ルート→グランドエンド。



①亜雲壮(演:初時チェリー)

30歳。新宿中央警察署生活安全部生活安全企画課事件係所属の刑事。
篠田新宿探偵事務所の職員・海藤直鷹(ボイスなし〈ゲーム版〉、松田健一郎〈CD版〉)の後輩にあたる。



このルートでは、覚醒剤を売り捌いている売春組織に潜入する。
売春婦の護送役になった碓井は、薬漬けになった売春婦の姿を目の当たりにする。
碓井は売春婦の朱里から話を聞き、組織のメンバー「ユウ」が中心となって買春客と売春婦に覚醒剤を売り捌いていることを突き止める。


エンド1では、ヤクザ組織に誘拐された碓井を亜雲が救出する。
エンド2では、覚醒剤を持ち出す現場を押さえるために売人を個室に誘い込んだ碓井が、男たちに襲われてしまう。亜雲は碓井を助けると、恋心を告白する。
その後、覚醒剤常習者の間で「警察が目を光らせている」という情報が共有されて、覚醒剤の拡散はひとまず食い止められる。


恋愛面では、堅物の刑事・亜雲×遊び人の碓井が結ばれる過程を描く。


アニメイト特典SSペーパーは、亜雲×碓井がファッションビルの男子トイレでセックスするエピソード。
不衛生かつ非常識。



②幡亮真(演:久喜大)

33歳。鷹村組幹部のヤクザ。レイズアフラッグ株式会社専務。
色黒。碓井に対しては敬語を使う。



このルートでは、碓井はヤクザの幡亮真に接触する。
碓井の過去と本名を知る幡。取引のため、二人は関係を持つ。
碓井は幡と肉体関係を続けながら、彼に協力することに。


碓井の過去。それは、幡の血縁上の叔父であるヤクザの情人だったというものである。
碓井佳人―本名「沖永直人」は、学生時代より売春で生計を立てていた。のちにヤクザの情人となって、大学卒業後はヤクザに囲われる生活を送っていた。背中に唐獅子牡丹の刺青を入れたのもヤクザに勧められたからである。そのヤクザが死んだので、碓井は篠田新宿探偵事務所で働き始めたのだった。
幡は叔父の情人だった碓井に興味を持ち、関係を迫ったのである。


碓井と幡がコンビを組んでしばらく後。
碓井は「小星という男に買われてください」と幡から依頼される。
小星はチャイニーズマフィア・白星公社の次期トップ。
幡の所属する鷹村組は白星公社へ定期的に金を流していた。その運び役の来日に合わせて、次期トップの小星も直々に東京を訪れるという。

幡の指示を受けて、碓井は小星を接待する。小星に睡眠導入剤入りの酒を飲ませ眠らせると、お金を強奪する。目が覚めた小星は、お金を盗まれたことを知ると、幡に上納金の増額を要求する。幡に同額の金を用意させて、紛失をなかったことにしたいようだ。しかし、幡は小星の求めを却下し、小星を人質にして白星公社に取引を持ちかける。

身柄を拘束された白星は鷹村組の監視下に置かれることに。
ところが、小星は逃亡。幡と碓井は車で追いかけて小星を捕まえる。
小星の逃亡を手引きしたのは、鷹村組と取引関係にあるヤクザ組織・芙蓉会の構成員だった。芙蓉会はお詫びとして、鷹村組を手伝うことを約束した。さらに、幡が新宿における覚醒剤の流通をコントロールすることに。
こうして幡は鷹村組での地位を固めるのだった。


恋愛面では、ヤクザ×元男娼の体から始まる恋を描く。
亜雲ルートでは、背中にある唐獅子牡丹の刺青を見せなかった碓井。しかし、幡ルートでは、初めての濡れ場から幡に背中を見せる。
刺青を見せられなかった亜雲と、刺青を見せられる幡。刺青を通して攻略対象との関係性が表現されている。



③グランドエンド

亜雲エンド1から派生。亜雲×碓井ルート。
碓井の情人であり、幡の叔父であるヤクザの死の真相が明らかになる。



幡から依頼を受けた碓井と亜雲。
その内容は、白星公社の本拠地に乗り込んで、新宿で行おうとしている計画を暴くというものだった。
白星公社のメンバーが鷹村組代表の幡と刑事の亜雲に気を取られている隙に、情報や証拠を押さえるのが碓井の役どころである。
三人は中国へ渡航し、白星公社と対峙することに。


白星公社は幡の叔父を殺害した組織であった。さらに、白星公社は叔父の情人であった碓井の命も狙っていた。篠田新宿探偵事務所が碓井を雇用したのは、彼を保護するためだったのである。

叔父殺害の件を見逃す代わりとして新宿から手を引けと、幡は白星公社に要求する。交渉は成立し、幡は新宿を掌中に入れる。


事件解決後、碓井と亜雲と幡は叔父の秘密を知る。
叔父は自身の持つ覚醒剤の密売ルートと中国の農村の居住権を引き換える約束を白星公社と結んでいた。

ヤクザを廃業して、田舎の村で情人の碓井と暮らすことを夢見ていた叔父。ヤクザの男が望んでいたのは、闇社会とは関わりのない平凡な幸せだったのである。



さて、事件は一件落着である。
ところが、ラストシーンにて幡が不可解なことを言い出し、雲行きが怪しくなる。


帰国後、幡は亜雲に警察官になった理由を尋ねる。子どものときに憧れた柔道選手が警察官だったから、と語る亜雲。
返答を受けて、幡は笑みを浮かべる。

思わず笑ってしまった理由は、もうひとつあった。
亜雲と碓井は――沖永は、
そんな小さな頃から引き合うべく定まっていたのかと。
そもそも亜雲が警察官にならなければ、
この案件を担当することもなく、碓井とも出会わなかった。
亜雲が警察の道を志すきっかけになった男。
それは碓井の上司の、今は亡き父親に違いない。
なぜ幡がそれを知っているかと言えば。
幡(父には黙っておきましょうか。
好敵手を喪って、あの人なりにがっかりしていましたから)
幡(対抗心の矛先が、後継者たる彼に向いては困ります。
彼は私の遊び相手です)

何が言いたいのだろうか。

まず、「碓井の上司」とは誰を指すのかが分からない。
篠田探偵事務所に入所したばかりの碓井から見れば、探偵事務所のメンバー全員が先輩であり上司である。

ゲーム本編の内容のみでは確認できないので、ドラマCD版の公式サイトに目を通してみると、父親が死亡していると明記されているキャラクターが一人だけいた。
篠田探偵事務所の所長・篠田累である。

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ある時、父親が殺されてしまい、その犯人を捕まえる日々を過ごしていた。 しかし父親殺しの犯人が捕まらず、時効を迎えてしまうという危機感から警察官でいるよりも探偵のほうがいいと探偵事務所を立ち上げ現在も捜査を続けている。(公式サイトより)

一般職員より役職が上という点で、事務所の所長は上司と言えるだろう。つまり、碓井の上司は篠田である。「碓井の上司の、今は亡き父親」は、「碓井の上司である篠田の、今は亡き父親」を指していると推測できる。

関係を整理すると、
亜雲が警察の道を志すきっかけになった柔道選手=警察官=碓井の上司の亡き父親=篠田の亡き父親=幡の父親の好敵手
と、なる。

成る程、警察官である篠田の父とヤクザである幡の父の間に確執があったとしてもおかしくはない。

しかし、

「亜雲と碓井は――沖永は、
そんな小さな頃から引き合うべく定まっていた」

の説明にはならないだろう。亜雲と篠田の父が会ったのは柔道大会1日のみである。たった1日会っただけで「引き合うべく定まっていた」と言えるのだろうか甚だ疑問である。


次に、幡の父親の対抗心の矛先であり、幡の遊び相手である「後継者たる彼」とは誰を指すのか。
天涯孤独の碓井は後継者にはなり得ない。亜雲も何かを引き継ぐ様子もない。
幡の父親の好敵手が篠田の亡き父親とすると、「後継者たる彼」は文脈的に篠田を指す。「後継者たる彼」が篠田と仮定した場合、篠田は何の分野の後継者なのか。何故幡は篠田で遊ぶのか。

また、篠田の父と幡の父の確執が息子世代に引き継がれているとすると、幡が執着すべき存在は篠田である。部外者である碓井と亜雲ではなく、篠田に愛憎を向ける方がストーリー上無理がないのではないか。結局のところ、幡の心の矢印がどこに向いているのか分からない。



このように、グランドエンドでは次々に謎が提示されるが、それらの謎を一切解き明かさないまま、唐突にゲームは終了する。

碓井と亜雲と幡の因縁とは?
篠田の父と幡の父は?
何一つ分からない。


ライターやスタッフの脳内では伏線回収も謎も解けているのかもしれないが、初めて『篠田新宿探偵事務所』の世界に触れるプレイヤーとしては消化不良である。


そして「ピタパン」。
これに関しても一切説明がない。


はたして「ピタパン」とは何だったのだろうか。
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