路傍の感想文

創作物の感想

ゲーム『ふるえ、ゆらゆらと 下弦の章』感想

穢土に堕ちた姫は情愛に身を焦がす

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肌に痛みを感じる不思議な体質を持つ女子高生安倍かぐやは、家族や学校と馴染めず、孤立していた。満月の夜、平安時代へとタイムスリップしたかぐやは、陰陽師安倍晴明に保護され、平安の世で己の生きる道を探ることになるが……。

株式会社シュピールのブランドA'sRingより 2017年7月28日発売。

平安の世を舞台に、「かぐや姫」たる女子高生と貴公子の恋を描く18禁乙女ゲーム。公式ジャンル名は「十八禁乙女向けアドベンチャー」。

「三」の数が構成の基盤となる『竹取物語』に因んで攻略対象は各巻三名。下巻である「下弦の章」の攻略対象は、賊の藤原保輔(演:深川緑)、東宮の早浪(演:あさぎ夕)、陰陽師安倍晴明(演:四ツ谷サイダー)の三名。

 

 

主人公の安倍かぐやは、人に触れると肌に痛みを感じるという体質を持つ女子高生。

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赤子のときに捨てられて養父母に育てられたが、かぐやの肌は彼らの手を拒絶する。

どうしてわたしはあの人に触れることができないんだろう。

わたしはあの人に優しくされてきた。

たくさんの優しさをすべてわたしの体は拒絶し、あの人の心を壊してしまった。

耳を塞いでも聞こえてくる義母の涙の訴え。

育ててくれた義母を、ただあの場所にいるだけで追い詰める自分には涙を流す資格はないのに。

それでも後を追うように辛さが頬を濡らす。

辛く、憎い。

ただ、そこにいるだけで誰かを不幸にする自分の存在が憎らしい。

愛する養女かぐやからの度重なる拒否に、義母は心の均衡を崩した。愛しても愛を返さないかぐやへの憎悪と、理想の母親になれない絶望。顔を合わせる度に、義母はかぐやに罵詈雑言を浴びせ、愛を乞う。

自分は誰かを不幸にする存在だ。さながら呪詛のように、かぐやの中に自己を否定する言葉が刻み込まれていく。

 

幸せを諦め、心を押し殺すように生きていたある夜。かぐやは突然意識を失い、気が付くと平安時代へと時間遡行していた。

陰陽師安倍晴明に引き取られたかぐやは、「かぐやの兄」を名乗る少年空也(演:まつたけ弥太郎)、元陰陽師蘆屋道満(演:茶介)、晴明の知人の賀茂守道(演:にいなみいくや)らとの出会いを重ねながら、己の居場所を探求するが……。

 

 

プレイ順は、藤原保輔安倍晴明

 

 

藤原保輔(演:深川緑)

藤原保昌(演:谷根千)の弟。「自由という檻に縛られる賊」。

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モデルは平安時代中期の官人、藤原保輔(?~988年)。南家武智麻呂流。藤原致忠の子。右兵衛尉、右馬助、右京亮を歴任したが、粗暴で知られた人物である。

寛和元年(985年)に源雅信邸の大饗で藤原季孝を傷つけた科で罪を問われて以来、永延二年(988年)閏5月に藤原景斉と茜是茂の屋敷への襲撃、兄の藤原斉光を追捕した検非違使の源是良を射るなど罪を重ね、追討の宣旨を被ること十五度であった。姉小路南高倉の保輔の屋敷には落とし穴を隠した蔵があり、物売りを招き入れては強奪をしたという。(『宇治拾遺物語』125)。逮捕時に、自らの腹部を刀で傷つけ腸を引きずり出して自害を図り、翌日死亡。(『続古事談』五)。*1

後世『今昔物語集』などに見える盗賊の袴垂と同一視され、「袴垂保輔」の名前で膾炙した。

 

 

本作の藤原保輔は貴族でありながら自由を求める男。

中宮の命を受けた保輔はかぐやを誘拐し、土蜘蛛の村に連れて行く。土蜘蛛は朝廷に仇なす者たちの総称で、天皇を頂点とする社会階層の枠組みから外れた者たちであった。

連れ去りを知った晴明は、源頼光(演:土門熱)らを差し向け、かぐやを奪還。土蜘蛛は頼光の下で自警団として働き始めるが、まもなく裏切り行為に手を染める。頼光の怒りを買った保輔は責任を取って自害を図った。

かぐやは切腹した保輔に陽の気を注いで命を永らえさせるが、体内の陽の気の増加は精神の変調を招き、保輔は除々に狂気に呑まれていく。

 

安倍かぐや「知っておいて欲しかったんです。自由を求めるって素敵だなって思いました」

藤原保輔「別に……いいもんじゃねえよ。自由でいなきゃ意味がないだけだ」

安倍かぐや「保輔……?」

食いしばるようにして放たれたその言葉は、まるで自分に言い聞かせるようであり、見れば手も強く握り締められていた。

保輔さんはその言葉を自分の心に押しとどめようとしている風に見えた。

「自由」に固執する保輔。朝廷に仕える官人ではなく、自由に行動できる賊だからこそ為せることがある。保輔はあえて賊になることで、己にしかできない責務を果たそうとしていた。全ては兄の保昌のため。保輔は兄の出世を助けるべく自らの人生を犠牲にしていたのである。

 

 

GOODEND「海辺の村」

罪を負った保輔は海辺の村に流刑となった。

彼の側にはかぐやがいる。

ささやかだが幸福に満ちた日々。

都から遠く離れた地で、兄から解放された保輔は愛するかぐやと幸せに暮らすのだった。

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 粗野な男が美しいお姫様に羨望を募らせる。

「盗賊とお姫様」の恋を描いた藤原保輔ルート。

穢れた男と清らかな女。非対称の二人が堕ちてゆく様は甘美である。

 

 

安倍晴明(演:四ツ谷サイダー)

「無敵の希代の陰陽師」。

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モデルは平安中期の官人、安倍晴明(919年?~1005年)。天文密奏・陰陽道祭祀、儀礼・卜事に従事した天文博士。説話では、信田森の狐を母とする。

本作の安倍晴明は、かぐやの庇護者。かぐやを「生ける屍」と見なし、「幸せになるべき存在なのだ」と繰り返し説く。かぐやには「選び果たし貫く権利」がある。その権利を行使するために、かぐやに行動をせよと迫る。

 

安倍晴明ルートは真相に当たるシナリオで、かぐやの出生の秘密と晴明が彼女に執着する理由が明かされる。

 

陽の気が溢れる性質のかぐやは陰の気を集めやすく、陰の気が溢れる性質の晴明は陽の気を集めやすい。

二人が共にいると、お互いの陽と陰の気を補って均衡が保たれる。そのため行動を同じくするかぐやと晴明。共に時間を過ごす中でかぐやは晴明に惹かれていくが、晴明はある計画を実行に移すために男たちを呼ぶ。

 

竹取物語』に擬えるように、かぐやの前に並ぶ五人の貴公子、源頼光藤原保昌藤原保輔空也蘆屋道満

「最も早く宝を手に入れた者が娘の所有者となる」

頼光は火鼠の皮袋を。

保昌は仏の御石の鉢を。

保輔は蓬莱の玉の枝を。

空也は燕の子安貝を。

道満は龍の首の珠を。

晴明は、より早く宝を入手した者にかぐやを渡すと宣言する。

 

ある者は偽物を拵え、ある者は勝負を挑む。

かぐやの思惑をよそに、己の願望のために動き出す男たち。晴明との穏やかな暮らしを望んでいたかぐやにとって、求婚者の登場は回避すべき事態だった。周囲に幸せを決められるのではなく、自らの手で幸せを掴み取りたい。「幸せになるべき存在」となるために彼女がとった行動は、自分の幸せを壊す男たち、すなわち求婚者たちの殺害だった。

馬鹿な真似をしている自覚はある。

こんなことをしても晴明さんは手に入らない。

それでも止められないのは、彼らが今の生活を脅かす存在に思えて…怖い。

保昌の罪を糾弾し、頼光を自害に追い込むかぐや。求婚者に難題を提示した『竹取物語』の姫が「多くの人の身をいたづらになしてあはざなるかぐや姫」と評されたように、かぐやと関わりのあった貴公子たちは破滅へと導かれる。

 

 

HAPPYEND「ふるえ、ゆらゆらとふるえ」

かぐや姫さながらに昇天し、現代に帰還したかぐや。しかし、其処は元の世界ではなく歴史が改変された世界だった。

かぐやによって同時期に殺害されたことで、平安時代の男たちは同時に転生し、保昌保輔の兄弟と頼光は同じ高校に在学していた。この世界ではかぐやと彼らの間に面識はないが、命を奪った男性たちの健在ぶりを見て、かぐやの罪の意識は薄れる。さらに、空也はかぐやの義理の弟、早浪はかぐやの実兄とされていた。

そうして、かぐやは晴明と邂逅を果たすのだった。

 

 

現代と過去を往還する主人公は、月の人かぐや姫

攻略対象は、かぐや姫に求婚する五人の公達。

竹取物語』に材をとった安倍晴明ルート。

永遠の無垢性を纏うかぐや姫は、本作では手を血に染めながら一人の男を求める女として造型され、地上世界にて罪障を贖うことを忘れ、さらに罪を重ねていく。その果てには死と再生の輪廻が待ち受けていた。

 

 

 

*1:平安時代史事典 本編下』角川書店、1994年、p2203