路傍の感想文

創作物の感想

ゲーム『すみれの蕾&ツンデレ★S乙女』有馬隼太ルート感想

「尊敬する若のお傍で、いつまでも人力車を引いていたいんです」

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早坂サツキはアカンサス学園三年生。手芸部に所属していたが、顧問の教師が定年退職、サツキ以外の部員も全員卒業し、手芸部は事実上の廃部になってしまった。学園の校則では全生徒の部活所属が定められているため、新しい部活を探すサツキ。偶然演劇部の部員たちと知り合い、演劇部の衣装担当として働き始めるが……。(『すみれの蕾』「学園編」)

学園編から四年後。サツキは学園を卒業後、服飾系の専門学校を経て、憧れのステラ歌劇団の衣装部に就職し、仕事に邁進している。アカンサス学園の演劇部員たちとは現在も交流が続いていた。若手演出家や歌舞伎俳優、小説家として名声を得ている演劇部仲間たち。社会人となった彼らとサツキの恋が幕を開ける。(『すみれの蕾』「歌劇編」)

美蕾より2013年4月26日発売。2009年発売の『すみれの蕾』『すみれの蕾 fan disc~ウェディング大作戦~』、2010年発売の『ツンデレ★S乙女』の三作同梱版。

『すみれの蕾』は演劇界を舞台に、ひたむきに夢を追う若者たちを描いた18禁乙女ゲーム。公式ジャンル名は「恋愛アドベンチャー(18禁)」。

 

 

『すみれの蕾』「歌劇編」に収録された有馬隼太END「夢に向かって吹く風」は、車夫の青年が夢へ踏み出す物語である。

 

学生時代は演劇部の部長を務め、現在は歌舞伎役者として華々しく活躍する東清一郎(演:プログレス)。卒業後も清一郎との交流が続いている早坂サツキ(演:君影ミヤビ)は彼と顔を合わせる機会も多かった。清一郎は常に人力車に乗って移動していたが、人力車を引くのはいつも同じ人物である。ある日、サツキはその車夫と言葉を交わすことに。

 

車夫を務める青年の名前は有馬隼太(演:大石けいぞう)。人力車の車夫はあくまで付き人の仕事の一貫で、本業は清一郎の弟弟子だった。

清一郎との出会いは中学生のとき。当時荒れていた隼太は喧嘩早かったが、清一郎に負かされてしまった。その日以来、隼太は心を入れ替えて、清一郎に弟子入りし、憧れの彼に追いつくべく役者の道を踏み出したのだという。

同じ演劇界で夢を追う仲間として、サツキは隼太を応援する。

 

夢への第一歩としてCMオーディションに挑戦した隼太。彼が出演したCMは好評を得、隼太はにわかに注目を浴びる。プロデューサーからは本格的に役者をやらないかと誘われるが、隼太は役者の仕事が増えれば清一郎の付き人をする時間が減少することに葛藤する。

「俺は本当は……、尊敬する若のお傍で、いつまでも人力車を引いていたいんです」

「若に恩を返すためなら、役者なんかどうだっていい。でも若は、それじゃ駄目だと仰るんです」

恩返しを続けるか、役者の夢を諦めるか。

悩む隼太に対し、サツキは清一郎と隼太の主従をステラ歌劇団の男役淳ヒカリとサツキ自身の関係に擬える。実は私も憧れの人がいて、今の職業を選んだ。あの人の衣装を作るのが夢で、その夢に向かって頑張っている。隼太さんが一番やりたいことは何か。サツキの言葉を機に、隼太はある結論へと至る。

 

後日。

隼太は清一郎に頭を下げる。            

「俺は、やっぱり役者をやってみたい。若に憧れてやっと見出した夢を、このまま諦めたくないんです」

「恩義も返せずに自分を優先する俺をお許し下さい。ですが、どうか、自分の夢に挑戦することをお許し下さい、お願いします!」

夢を追い求めたい。それが隼太の決断だった。

懇願する隼太に対し、清一郎は鷹揚に応じる。清一郎は隼太の夢を反対していなかったのだ。助け合いからは卒業し、今後は対等な役者仲間として頂点を目指そう。芸の道の厳しさを告げて、清一郎は隼太を後押しする。

さらに、清一郎は隼太とサツキを人力車に乗車させる。これまでは隼太が清一郎を乗せた人力車を引いていたが、今回は清一郎が隼太を乗せて走る。主従の役割交換は、固定化された役割を瓦解し、対等な関係性を築いた証左である。

隼太は人力車を引く清一郎の背中に向けて幾度も「ありがとうございます」と頭を下げた。

 

 

続編『すみれの蕾 fan disc~ウェディング大作戦~』には、アフターストーリー「君と桜の下で」を収録。

助言のお礼にケーキを購入した隼太。二人で食事をしているうちに、彼が歌劇団に興味があることを知ったサツキは観劇に誘う。勉強熱心な隼太は歌劇団に感心する。

その後も二人きりで会う隼太とサツキ。やがて、隼太の中で恋心が膨らんでいく。

お花見に訪れた日。桜が舞う中、ついに隼太はサツキに告白する。

「もっと、あなたの傍にいたいと考えています」

「……どうか、どうか、俺と、交際してもらえないでしょうか?」

隼太に好意を抱いていたサツキは告白を受け入れる。

そののち週一ペースでデートを重ねるサツキと隼太だったが、彼の役者の仕事が忙しくなると、会う機会が減ってしまう。さらに、隼太が役者として人気を博している場面を目撃し、サツキは疎外感を感じる。サツキの中では、いつまでも隼太は人力車を引いている車夫だ。だが、今の彼は多くの人に感動を与える役者である。目の前にいる隼太はひどく遠い存在だった。自分は隼太にふさわしくないと感じたサツキは彼から距離を取ろうとする。

別離を告げるサツキに対し、隼太は真摯に言葉を告げる。

「あなたなしでは、俺は俺でいられない。あなたがいて、俺は俺でいられるんです!」

「サツキさんがいない人生なんて、空の人力車と同じです」

「俺の人生を意味あるものにしてください、サツキさんのために生きたいんです」

隼太の誠意はサツキの頑迷な心を溶かすのだった。

 

 

 

 

人力車の車夫から役者へと夢の階段を駆け上がる隼太。

目標として立ち塞がる先輩の清一郎。

END「夢に向かって吹く風」では、この主従の関係性の変化が焦点となる。主人公サツキは二人の関係を一歩後ろで見守る立場となり、彼らの架け橋を担う脇役へと変じる。サツキが再び物語の主役に返り咲くのはアフターストーリー「君と桜の下で」まで待たなくてはならない。女性主人公と男性攻略対象の恋を描く乙女ゲームとしては異例の展開であるが、それこそが『すみれの蕾』隼太ルートの出色である。

 

清風のように爽やかな青年たちの友情と、二人の交歓を見つめる少女。プレイヤーが少女の視点から追体験するのは、男性たちの関係に踏み込めないもどかしさと友情に対する憧憬である。