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創作物の感想

ゲーム『Ariard-少年アリス-』感想

「アリス、迎えに来たよ」

宮野有純は、ある日白兎と名乗る男に連れられ、不思議な世界に足を踏み入れる。其処は沈まない赤い空に彩られた、荒廃した国だった。

「君はアリス、次期女王になるべき存在。王となるべき相手を探し、この国を救ってほしい」

「アリス」である有純の役目は、王を選ぶこと。王位を狙う男性たちから迫られる有純だったが……。

Latteより2013年1月25日発売。

ルイス・キャロルLewis Carroll)の小説『不思議の国のアリス』(Alice's Adventures in Wonderland)を題材にした18禁同人BLゲーム。

 

 

主人公の宮野有純(演:蒼井夕真)は、幼少期に父親を何者かに殺害され、母と二人暮らしをしている高校生。女子学生から好意を寄せられる程度には卒なく学校生活をこなしているが、家庭では心を病んだ母親(演:香春部春香)との荒んだ生活に頭を悩ましていた。

ある日、有純は頭に兎の耳を生やした男から声を掛けられる。男は有純を「アリス」と呼び、強制的に地下の世界へと連れて行く。其処は王(演:河村眞人)と女王(演:香春部春香)が統治する「不思議の国」であった。

 

「不思議の国」の住人たちの説明によると、有純は「アリス」と称される存在であり、「アリス」の役目は次代の王の選定である。「アリス」と王候補が契約を結ぶと、「アリス」の瞳の色と空の色が変化し、王候補は正式に王として認められ、「アリス」は女王になるという。

有純本人は全く覚えていないが、十年前に有純は地下世界を訪れており、その際に王候補者を選出したらしい。

王候補は、白兎、帽子屋、チェシャ猫、ダムとディー、蛹の六名。

有純は彼らと交流を深めて、王になるべき人物を見定めることになるが……。

 

 

攻略対象は王候補者の六名。

不思議の国のアリス』に準拠した王候補者たちは性格・容姿共に個性に富んだ人選であるが、エンディングでは全員漏れ無く「有純と攻略対象が契約し、有純は女王、攻略対象は王に即位する」結末に帰着し、特有性を封じられている。

 

 

プレイ順は、白兎→帽子屋→チェシャ猫→ダムとディー→蛹。

 

 

①白兎(演:野次馬根性)

兎穴の番人。眼鏡をかけている。

モデルは『不思議の国のアリス』の白ウサギ(White Rabbit)。アリスが「不思議の国」を来訪する契機を作ったキャラクターであるが、本作においても「アリス」こと有純を地下の世界へと導く役割を担っている。

 

本作の白兎に課せられた仕事は兎穴の管理。その暗闇よりも深く暗い穴は、世界から捨てられた廃棄物たちが巣食う場所であった。

本来は生まれてから死ぬまで兎穴を見張っているはずだった白兎が王候補者になったのは異例中の異例であり、白兎は十年前に候補に選んでくれた有純を気に入っていた。

 

女王の自殺後、有純は地上へ帰る。すると、母親はすでに死亡しており、有純に好意を抱いていた女子学生は彼の顔を覚えていない様子だった。何らかの力で世界の因果律が書き換えられたのだ。地上の世界にはもはや有純の居場所はなかった。

 

愛してくれた白兎の元へ戻りたいと願う有純は、『鏡の国のアリス』(Through the Looking-Glass, and What Alice Found There)においてアリスが鏡を通り抜けたように、鏡を通って白兎の腕の中へ落下するのだった。

 

 

②帽子屋(演:四ツ谷サイダー)

王の補佐役。世界を繕う役目を担っている。

紳士的な人物で、有純に敬意を払う。ハートのジャック(Knave of Hearts)こと騎士ジャック(演:髭内悪太)から敵対視されている。

モデルは『不思議の国のアリス』の帽子屋(Hatter)。狂ったお茶会(Mad Tea-Party)にて、三月ウサギ(March Hare)と眠りネズミ(Dormouse)とお茶会を開催する人物である。本作では、帽子屋が王候補者たちをお茶会に招待し、紅茶やケーキを振る舞う一幕が用意されている。

 

有純に協力的な帽子屋。好感を持つ有純だったが、王と帽子屋の役は両立できないため、帽子屋の即位は忌避すべき事態であった。当代の王は「銀の車輪」を提示し、この道具を使えば帽子屋が王になることも候補者に数えられていないジャックが候補者の座を得ることも可能だと説明する。王は意志の強い者に「銀の車輪」を渡すと宣言し、帽子屋とジャックは決闘を始める。

ジャック「今まで他人に興味がなかった貴様が、急に候補者の座に執着し始めた」

ジャック「感情を伴わない王座は退廃を招く!」

帽子屋は王の座を手に入れて何がしたいのか。ジャックの責めに、帽子屋は「アリスを手に入れたいだけだ」と答える。

 

かつての帽子屋は感情が希薄な男だった。十年前の有純との邂逅は、彼に恋心を覚えさせ、精神的支柱となった。有純を得るために王になる。胸に灯った恋情の火は、有純が世界から姿を消した後も燃え続け、帽子屋を突き動かす。

帽子屋「アリスと出会って私は変わりました。……私は、アリスを愛しています」

有純は二人の戦いを止めさせる。王は帽子屋に「銀の車輪」を渡し、帽子屋は無事に即位。有純は女王に、ジャックは国王夫妻を守る騎士となった。

 

 

③チェシャ猫(演:石川ゆうすけ)

若者の猫。大抵の場所は通り抜けられる力を持つ。

モデルは『不思議の国のアリス』のチェシャ猫(Cheshire Cat)。

 

チェシャ猫の力を借りて城から脱出した有純は、蛹の家へ赴く。蛹によると、女王に代わって世界を支えられる「銀の車輪」という道具があるという。

チェシャ猫と有純は、「銀の車輪」の手がかりを探して、チェシャ猫の縄張りの中にあるジャバウォック(Jabberwock)の崖を訪れる。ジャバウォックの正体は竜であった。ジャバウォックの体から「銀の車輪」を取り出した二人は、車輪の力を用いて女王を手助けし、有純は女王、チェシャ猫は王に即位する。年若き王は見聞を広めるため最愛の女王を伴って旅立つのだった。

 

 

④ダム(演:山口知大)とディー(演:山口知大)

双子の兄弟。二人合わせて「D」と呼ばれている。お菓子の家に住んでいる。

モデルはマザーグースMother Goose)及び『鏡の国のアリス』(Through the Looking-Glass, and What Alice Found There)に登場するトゥイードルダムとトゥイードルディー(Tweedledum and Tweedledee)。

 

鏡に写し出された像の如く、瓜二つなダムとディー。だが、厳密には鏡像と実物は似て非なるものであるように、二人は別個の人間であり、僅かな差異が存在する。有純との触れ合いは、二人にその小異を自覚させ、「二人で一人のD」が「ダム」と「ディー」へ分裂する機縁となった。自我の芽生えと人格の独立。有純との出会いを機に、双子の精神は急激に変容する。

 

ついに、ダムとディーは、有純の恩寵と王冠を賭けて、剣を交差させる。

ダム「ディーがいなければ」

ディー「ダムがいなければ」

ダム「憎くて仕方ないのに」

ディー「でも、同じくらい」

D「「愛している」」

 

そのとき、女王が姿を現し、「アリスにはあなたたち二人が必要です」と双子を制する。女王は双子を即位させるべく、二人の王が並立する世界を創出する。有純は女王、ダムとディーは王に即位した。

心の改革を乗り越えた双子は、肉体的成長も遂げるのだった。

 

 

⑤蛹(演:各邑辛多狼)

眼鏡をかけている。喫煙者。

モデルは『不思議の国のアリス』の芋虫(Caterpillar)。水煙管をふかしつつ、アリスに助言をするキャラクターである。本作の蛹は、地下世界随一の研究者であり、「アリス」を手助けする役目を担う者として、有純に「アリス」の義務を説く。

 

蛹ルートは真相に当たるシナリオで、有純と女王の関係が明かされる。

 

当代の王は、有純と同じく現実世界から来た人間であった。

ある日突然地下世界に落ちてしまった彼は、現実へ帰還するために王の力を欲していた。当時の「アリス」、すなわち当代の女王が心を開きかけていた男を殺害し、王の座へと成り上がったが、彼の前に現実世界への道は開かれなかった。王になったのに戻れない。絶望する王に対し、女王は心を病む。

女王を不憫に思った蛹は、彼女の精神を地上の現実世界へと送った。女王の責務を忘れた精神体は、現実世界で男と結婚し、子どもまでもうけた。まもなく裏切りを知った王によって男は抹殺されたが、女王の精神体と子どもは生き延びた。女王と現実世界の男の間に生まれたその子どもこそが有純であった。

 

王の手で女王が殺された後、有純は蛹を王に選ぶ。蛹は即位し、地下世界は安定を取り戻すのだった。