路傍の感想文

創作物の感想

ゲーム『といろ小町~紅に染まるそのときまで~』感想

 

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都会から少し離れた都色町。商店街の中央に位置する老舗の鰻屋「邑岬」は、腕っ節のいい店主と働き者の女将のおしどり夫婦が切り盛りしていた。ところが、女将が過労で倒れ、一人娘の二藍茜が女将の代理を務めることに。稼ぎ時の夏本番、茜は鰻屋経営に奮闘するが……。

月下氷人より2007年6月29日発売。

現代日本の地方都市を舞台に、鰻屋の一人娘の恋模様を綴る18禁乙女ゲーム。公式ジャンル名は「恋愛事件アドベンチャー」。

 

 

主人公の二藍茜は20歳。大学三年生。鰻屋「邑岬」の店主と女将夫婦の一人娘。

大学が休校期間に入った夏休み。茜の母であり「邑岬」の女将である二藍美代子(演:SaRara)が過労で倒れてしまった。幸い命に別状はなかったが、しばし入院することに。母が不在の間、茜が母の代役を務めることになった。

 

ある日、茜はひょんなことから自分が「邑岬」店主夫婦の実子ではなく養子であることを知る。実の母親は一体誰なのか、どうして私を捨てたのか。悩む茜。

さらに、異世界の王子も現れて、茜の周囲はにわかに騒がしくなるが……。

 

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攻略対象は、異世界の王子カバレフ=スタニスラフマダ―=サリィヴァン(演:少林寺アキラ)、短期アルバイトの青山秀一(演:空野太陽)、板前の須賀郭公(演:安芸怜須ケン)、営業マンの藤崎祐介(演:黄金原光輝)、華道家の杜若吾郎(演:山口武)、大学生の山吹葵(演:大文字妬)、葵の妹の山吹萌(演:中原まこと)の計七名。

なお、須賀ルートと藤崎ルートは終盤にて別ルートに飛ぶバグが発生するため、事実上GOODエンドへの到達は不可能である。2021年現在、公式サイトにて修正パッチが配布されているが、筆者がプレイしたソフトはパッチを適用しても不具合が解消されず、須賀と藤崎は攻略できない状態であった。

 

 

プレイ順は、青山秀一→山吹萌。

 

 

①青山秀一(演:空野太陽)

18歳。専門学校生(デザイン専攻)。「邑岬」の短期アルバイト。

 

年下の男性との恋を描くルート。

 

夏休み期間中のアルバイトとして雇用された青山は、茜の高校時代の後輩だった。青山は茜の秘密を握っていることを仄めかす(ただし、青山ルート内では、秘密の具体的な内容は明かされない)。小悪魔のような彼に翻弄されるうちに、茜は好意を抱き始める。やがて交際に発展。

 

茜の実母問題が解決してからしばらく後。

茜は青山と萌が親しげに会話をしている場面に居合わせる。もやもやする茜に対し、青山は「嬉しい、先輩がそんなにやきもち妬いてくれてるなんて」と嬉しそうな素振りを見せる。茜は思わず「青山君の馬鹿」と彼の頬をぶってしまう。突然の暴力に呆然とする青山。茜に嫌われてしまった。そう思い込んだ彼はすぐさまアルバイトを辞める。

 

茜は去っていく青山を追いかけて、辞めた理由を問い質す。項垂れて「先輩の横に立つ資格がない」と説明する青山。弱々しい彼の返答に、茜は「甘ったれんのもいーかげんにしてよっ!!!」「アンタ、私のこと好きなんじゃないの?違うの?」「何とか言いなさいよ!」と怒りを顕にする。

 

青山は嗚咽しながら胸中を語る。

「……どうすれば……好きになって……もらえるのか……どうすれば……僕にかまってくれるのか……」

「先輩の気を引きたいだけなのに……やればやるほど、先輩が遠くなっていって……同じじゃ駄目なんだって……」

「片思いの先輩の気を引きたい」。青山は純粋な願いから「後輩の青山」を演じていた。その思いは、正式に交際が始まって以降、「恋人の心を繋ぎ止めたい」願望へと肥大化したが、彼は自身の本心を表現するための言葉を持ち合わせていなかった。駆け引きめいた台詞はいくらでも吐けるが、素直な気持ちは告げられない。小悪魔の仮面を剥いだ素顔は、恋に戸惑う少年の顔であった。

茜の説得を受けて、青山は交際の継続を決め、ハッピーエンドと相成るのだった。

 

 

②山吹萌(演:中原まこと)

20歳。「呉乃神社」の巫女。茜の幼馴染みで小学校時代の同級生。愛想が無く、何事にも関心を示さない。

 

葵ルートから分岐。男性を拒絶し、女性同士の関係に避難する百合ルート。

 

葵と交際を始めた茜。

ある夜、母の見舞いに病院を訪れた茜は、葵に支えられながら歩行のリハビリをしている萌を見掛ける。その場では声を掛けられなかったが、後日青山から聞くところによると、萌は木の上から転落したらしい。青山は萌の事故に関与している様子だが、多くを語ろうとしない。

その後、葵と萌が揉めている現場に介入した茜は、萌が血の繋がりのない兄の葵に好意を寄せていることを知る。萌は葵と家族で在り続けるために、淡い恋心を胸に秘めていた。

 

同性の茜に打ち明けたことで兄への思いを断ち切った萌は、茜に心を開く。二人は小学校時代以来八年振りに親しく言葉を交わすようになった。

萌との和解を喜びながらも茜はふと考える。そもそも何故八年もの長きに渡って萌と会話をしなかったのだろう。ふいに、茜は八年前に萌が男に襲われた事件を思い出した。事件の日から、萌は心を閉ざし、周囲と距離を置くようになったのだ。

茜が萌を訪ねに「呉乃神社」へ足を向けると、敷地内にて萌が男から暴行を受けていた。茜は咄嗟に落ちていた刃物で男を刺してしまう。被害者と加害者はいとも容易く逆転する。

 

逃亡した二人は空き家に隠れる。

人を殺めたことに動揺する茜。萌は茜を宥めるために彼女を抱く。

「……私もわからない……。

 兄さんとのことも……もう……どうでも良くなった……」

「ああ……うちらの先に何が待っているのかなんてわからない。

 けど、お前となら乗り越えられそうな気がする……」

ままならぬ現実から目を逸らし、二人だけの世界に逃避した茜と萌。

彼女たちの前には、洞穴のように何処までも深く暗い夜が広がっている。一筋の光も差さない夜の底。夜明けは永遠に訪れない。