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創作物の感想

ゲーム『スクエアな関係~ぼくらの恋愛心理学3~』蒼井×小早川ルート感想

「・・・・小早川さんも、俺のこと、好き?

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元売れっ子ホストの小早川龍司は、退職金代わりに貰った4LDKのマンションで暮らしつつ、趣味のパチスロを打ちに近くのホールへ通っている。ある日、顔見知りの常連客、蒼井悟が一文無しになったと知った小早川は、蒼井をマンションに住まわせることに。さらに、高額の借金を背負った大学生の西田勇人や暴漢に襲われた大学生の岸本高水も小早川のマンションに身を寄せる。

株式会社森田商店のブランドアインより2007年9月21日発売。

現代日本を舞台に、ルームシェアを始めた男性たちの間で生まれる恋を描く18禁BLゲーム。

 

メインキャラクターは、元ホストで現在無職の小早川龍司(演:青島刃)、スロットで生計を立てている蒼井悟(演:平井達矢)、コンビニでアルバイトをしている大学生西田勇人(演:皇帝)、眼鏡の大学生岸本高水(演:空乃太陽)。サブキャラクターは、元ホストのカフェオーナー風間塁(演:魁皇楽)。

 

特色は「視点選択システム」。プレイヤーはメインキャラクターの中から視点となる人物を選択し、彼らの視点に沿って物語を進行させる。時折表示される「キャラクターチェンジアイコン」をクリックすると、その場にいる人物の視点も解放される。

カップリングは十二種類。同軸リバはなし。

 

今回プレイしたのは、「蒼井視点」の蒼井×小早川ルートと、「小早川視点」の蒼井×小早川ルート。

恋の喜びを知る蒼井視点。

恋に戸惑う小早川視点。

一つの恋を双方の視点から見ることで、二人の想いが強く伝わってくる。

 

 

①蒼井視点

蒼井悟(演:平井達矢)は24歳。

定職に就かず、スロットで生計を立てる「スロプー」。鞄の中に全財産を入れて、ネットカフェとカプセルホテルを渡り歩く日々を送る。同じスロット店に通う小早川とは顔馴染み。

 

物語は、蒼井の全財産六十万円が盗まれたことから始まる。

スロットを打つために六十万円を持ち歩く剛胆さもさることながら、大金を失っても動揺を見せないのが蒼井の特徴。怒ることも悲しむこともなく、冷静に現状を整理し、これまでの小早川との信頼関係から「一万円程度なら貸してくれる」と見定める。常に冷戦沈着で感情の起伏が乏しく、自分自身に降りかかる出来事も他人事のように認識するのが蒼井という男なのである。

 

他人にも自分自身に対しても無関心な蒼井は、人の顔も自分が好きな煙草の銘柄も覚えられない。土砂降りの雨の中、傘を差さずに歩き、スロットで負けても焦らず、勝っても喜ばない。人生設計も将来の目標もなく、恥じる気持ちも名誉を得たいという欲望もない。

唯一熱心に行っているのはスロットだが、熱烈にギャンブルが好きという様子でもない。集中力とデータ分析能力を問われるスロットが偶然蒼井の性格に適していたから打っているだけである。

おれにはとくに、これが好き、ってない。

あるもので十分だ。

そんな恬淡とした蒼井に、初めて執着できる存在ができるのが蒼井×小早川ルートである。

 

同じスロット店に通い、昼には二人で喫茶店で休憩し、夜はリビングでテレビを見る。

同居を始めてから、一緒に過ごす時間が増えた蒼井と小早川。

会話を重ねるうちに、蒼井は小早川に惹かれていく。

ターニングポイントになったのは、蒼井がスロプーになった経緯を小早川に説明した場面。

小早川さんは、俺の言ったことに納得したように頷いた。

さすがに、自分も打つ人だけのことはある。

めったにこういう話はしないけど、でも、話すと、たいていの人はここで妙な顔をする。

たとえバーテンのバイトでも、スロに比べたら「ちゃんとした」仕事なのに、それよりスロを優先するのはおかしい、って。そういう顔になる。

べつに、ひとになんて思われてもそう気にはならないけど。

呆れたり非難する顔になられるよりは、なるほどな、って言ってもらえるほうが、嬉しい。

大学進学を諦めて、スロット打ちになった蒼井。一般的には褒められた生き方ではないことを蒼井も自覚している。そんな蒼井に対して、小早川は理解を示す。

過去の恋愛に関しては、

「おまえ、そうそう自分のこと積極的に話すタイプじゃないからさ。わかるまでにある程度時間いるんだよ」

「そうやって急ぐタイプとは、おまえはあんまり合わないんだよ、たぶん」

と、蒼井の性格とコミュニケーション能力を的確に把握した上で、蒼井が今まで気が付いていなかった点を指摘する。

小早川さんはおれのことわかってくれてるんだなって、思うのは、なんだか嬉しかった。

蒼井の生き方も性格も認めてくれる小早川。彼は己の価値基準や世間の常識に基づいて蒼井を評価するのではなく、蒼井の心情を尊重し、受け入れてくれる人間だった。

これまで自分にすら無関心であった蒼井は、小早川に肯定されることで、喜びを感じるようになる。「小早川さんがおれのことを見てくれている」という自信が蒼井の心を満たしていく。

 

しかし、小早川は蒼井だけを見てくれる人間ではなかった。

同居人のひとりである西田も、細かい点を見てくれて褒めてくれる小早川に好感を持っていた。西田と小早川が知り合いになったきっかけは、長時間バイトをしていた西田に「お前昼からいたろ、がんばってるなあ」と小早川が声を掛けたことだという。観察眼に優れた小早川は誰に対しても面倒見が良いのだ。

親しく会話をする西田と小早川を見た蒼井はその現実に直面する。

西田も、今の電話のひとも、小早川さんを慕って、頼りにしてる。

小早川さんは実際面倒見がいい。

おれも、面倒見てもらった一人だ。

ああいう人だから、慕われるのは当然だって、思う。

………でも。

やっぱり、なんだかちょっと……さみしい気持ちがした。

小早川と西田の会話を見て、寂しさと羨ましい気持ちが綯い交ぜになる蒼井。同居人の岸本の助言で、蒼井は自分の考えを整理する。何故西田を羨ましいと思ったのか。小早川と話すと「じわっと嬉しくて幸せな気持ち」になるのはどうしてなのか。

ついに恋を自覚した蒼井。夜中に小早川の部屋を訪れて、小早川にキスをする。

 

 

 

蒼井視点で紡ぐのは、ひとりの男の感情の芽生え。

強く感情が動いたことがなかった蒼井は、恋によって自身を内省する。さらに、嫉妬心を覚えて、欲望を持ち始める。

ああ、おれのものになったんだな、って。

そう思ったら、すごく幸せだった。

だから、もっと感じさせたい。

全部、おれのものにする。

「小早川さんに見てほしい」「小早川さんはおれのものだ」。

小早川との関わりは、蒼井の中で眠っていた承認欲求と独占欲を呼び起こす。他者に受け入れられる喜びと、他人を愛したいという欲求。恋を通して、蒼井は新しい感情を知る。

自分の手を、ふと見下ろした。

ほんの一瞬、触れただけなのに。

すごく、幸せな気持ちになってる。

ほんとに、おれは小早川さんがすごく好きだったんだな。

感情がなくても生きていける人間だった蒼井。

けれど、感情がなければ幸せを感じることもない。

感情を得たとき、人生は彩りを増すのだ。

 

 

 

②小早川視点

小早川龍司(演:青島刃)は33歳。

元ホストで現在休業中。ホストたちの寮だったマンションを退職金代わりに貰って一人暮らしをしている。困っている人に手を差し伸べずにはいられない性格で、今回も蒼井たち三人の若者に自宅を提供する。

 

小早川は兄貴肌でお人好し。同居人たちに手料理を振る舞おうとしたり、知り合いの相談に乗ったり、と誰彼構わず世話を焼く。人脈も広く、話題に事欠かない。

売れっ子ホストで店の盛り上げ役だった小早川は、四人のルームシェア生活でも輪の中心になる。無口で無表情な蒼井に対しても親しく話し掛ける。

蒼井がスロ打ちになった経緯と恋愛遍歴を知って、いっそう興味を持った小早川。

特に、「スロットに専念する前にバーテンのバイトをしていた」という経歴に惹かれた彼は、蒼井にカクテルを作ってもらう。その際、蒼井の手の大きさを褒めた小早川。すると、蒼井は意外なことを言い出す。

「小早川さんて、……手、きれいだね」

「手が柔らかくて、がさがさしていない。爪もきれいに切ってるし」

蒼井が手を観察していたことに驚く小早川。

それからというもの、蒼井の「手がきれい」発言が気になって仕方がない。

 

さらに、小早川と蒼井がケーキを食べていたときのこと。

小早川の手にクリームがつく。すると、蒼井が小早川の手を取ってクリームを舐めてしまう。無意識の行動だったらしく、我に返った蒼井は顔を赤くして謝るが、小早川の動揺は収まらない。

自室に帰っても心臓の鼓動が止まらない小早川。

「惚れた……か?」

ついに、気持ちを自覚するのだった。

 

しかし、小早川は蒼井に自分の気持ちを告げることに躊躇する。

蒼井が手を舐めた行為には深い意味はなく、何となく動いただけ。同性で、30半ば近くのオヤジが告白しても困らせるだけだ。そのように考えて、小早川は蒼井への恋心を封印する。

実はこの時点ですでに蒼井も小早川に好意を抱いている(先に蒼井視点ルートをプレイすると判る)。

両思いなのに、片思いだと思い込む小早川と蒼井。二人のすれ違いがじれったい。

 

 

 

このルートで際立つのは、小早川の愛らしい一面。

蒼井からキスされて狼狽する小早川。その上、両思いだったと知らされて、喜ぶべきなのか驚くべきなのか混乱する。恋愛経験豊富な元ホストとは思えない初心な反応だ。

その後も受け側にされてしまったり、二回目デートで酷いことをされたり、と蒼井に翻弄される様子が描かれる。

年下の蒼井に振り回される小早川は、担当声優の青島さんの演技力も相俟って可愛らしい。

 

 

 

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蒼井×小早川ルートは、これからも日常が続くことを示唆して終わる。

蒼井と小早川の交際を除いては、二人の状況は何ら変化しない。蒼井も小早川も就職せず、スロットを打つだけの日々だ。

現実的に考えると、不安定な生活である。「成長」や「成功」を軸にした作品であれば、無職の二人を職に就かせる結末にするだろう。しかし、本作では二人共無職のままで幕を閉じる。彼らには「成長」は不要なのだ。何故ならば、二人が無職なのは、彼ら自身が主体的に選んだ生き方だからである。彼らは就職難やリストラ等の外的要因から否応なく無職に陥ったのではない。「就職して労働をする」という安定した生活に適応できない二人が自由意思で選んだ結果なのである。

 

小早川は蒼井のスロット通いを責めず、蒼井も小早川の就職に口を出さない。お互いの生き方と価値観を尊重できる二人は、交際相手に理想の人生を押し付けることはしないのだ。

普通から逸脱した二人。きっと蒼井の冷静沈着さと小早川の寛容な心があれば、何でも乗り越えていけるだろう。