路傍の感想文

創作物の感想

ドラマCD『あふれそうなプール』感想

 想いは沈んで、溶けていく 

 

 

原作は1997年から2006年にかけて刊行された同名漫画(石原理著、ビブロス刊全六巻)。ドラマCD版はインターコミュニケーションズより1999年3月25日に第一巻、2000年3月10日に第二巻発売。

 

物語は、内向的で対人恐怖症の入谷鉄央(演:緑川光)が、失った自分自身を取り戻すため、わざと三流男子校に進学する場面から始まる。親友の春日良太(演:古澤徹〈一巻〉、成田剣〈二巻〉)や級友たちとの騒がしい毎日を過ごす中で、自分らしく生きられるようになった入谷。だが、同級生の木津涼二(演:伊藤健太郎)との出会いで、再び心が強く揺さぶられる。

 「俺たちの中には、今にもあふれそうなほど波立つプールがある」

木津と会うと、心はいつもざわついている。はたして、この激しい感情は愛なのか、憎しみなのか。

惹かれ合い、反発し、ぶつかり合いながら答えを探す入谷と木津。ひたむきで不器用な二人の恋は、周囲を巻き込んで、波紋を呼ぶ。

 

あふれそうなプール。それは誰もが胸の裡に秘めている行き場のない想いである。

己の心と向き合いながら、男子高校生たちは子ども時代に別れを告げて、大人への階段を上っていく。

 

他者との関わりを恐れて、心を閉じていた過去を持つ入谷。

男子校生活で自信を得た入谷は難関高校へ編入する。その高校には、入谷が「自分を失う」契機となった中学時代の同級生、花田智(演:置鮎龍太郎)が在学していた。

中学時代、クラスのリーダー格であった花田は、弱い立場にある入谷の世話を焼くことで、勝者の優越感を味わっていた。入谷は彼のお節介によって追い詰められ、苦しめられた。

高校でも人気者の花田は、再び「可哀想な男の子」入谷の面倒を見ようとする。ところが、入谷は花田を振り払う。

入谷はもう泣き虫でも対人恐怖症でもない。花田の偽善を糾弾し、己の意思を貫く強さを手に入れた。

呆気に取られる花田と、「俺は変わった」と満足気な入谷の対比が痛快だ。

 

親友の良太は、暴力的な木津から入谷を引き離そうと奮闘する。しかし、他人である良太に入谷の想いを止めることなどできるはずもない。

木津との剣道勝負に破れた良太は焦り出す。勢い余って入谷に告白するものの、入谷は激怒して良太の前から姿を消してしまう。

数日後、再会した入谷は「良太とは親友でいたい」と告げる。木津への恋情と、良太との友情は別物なのだと語る入谷は、どこか大人びている。

良太は打ちひしがれながら、想いを自覚する。

「これは恋じゃない。これはただの独占欲だ。俺は今、鉄央を独占したいという感情を痛いほど感じていた。そして、その日、俺は生まれて初めて、入谷鉄央に恋をした」

 初恋を知ったその日、失恋も経験した良太。入谷を「てっちゃん」と呼んで懐いていたお人好しの少年は、恋の痛みを知った。

 

傲岸不遜な木津は「早く大人にならなければいけなかった子ども」であった。

父親が借金を背負って、母親と計画離婚したこと。弟の極(演:鈴木千尋)と瞬(演:鈴村健一)のためにアルバイトに明け暮れる日々を送っていること。美人モデルと息が止まるような恋をしたこと。知らなかった木津の一面が明らかになるにつれ、入谷はさらに木津に惹かれていく。

 「大人」である木津は性行為に躊躇がなく、入谷の体を求めるが、入谷は木津に抱かれて女になることを恐れる。子どもの恋から大人の恋へと変わる瞬間は、切ない痛みを伴う。第二巻終盤、ついに木津と結ばれた入谷は「抱かれても俺は変わらなかった」と述懐する。

 

 

原作ではここから芸能界へと舞台が移り変わるが、ドラマCDはあくまで等身大の高校生の日常描写に徹する。高校生でいられる時間、二度と戻らない煌めくような日々が情緒的に語られる。

 

第二巻ラストシーンは、一人暮らしを始める木津の引っ越し準備で締め括る。

憎まれ口を叩きながら参加する花田。

「俺のプールは深いんだ」と宣言する良太。

家族のために生きるのではなく、これからは自分の人生を歩む木津。

 

もう彼らは昔の彼らではない。人間関係は変容し、知らなかった想いに気付き、大人になった。

またいつか激流のような感情に流されそうになったとしても、

「そして、また泳ぎ続けていくんだ」

 

あふれそうな感情を抱えながら、高校生たちは一歩踏み出す。彼らの未来は眩しい。