路傍の感想文

創作物の感想

ゲーム『invisible sign-イス-』感想

f:id:bodensee:20211210072251j:plain

霊視能力を持つ高校生、相澤舜の通う名門男子校聖和学園で変死体が発見された。警察が捜査を進める中、さらに別の遺体が発見される。被害者はいずれも同校の生徒たちだった。舜の前には被害者の霊が昼夜問わず現れて、舜に何かを訴えかける。精神的に追い詰められる舜だったが……。

lapianより2005年3月18日発売。

気弱でおとなしい性格の主人公、相澤舜(演:関智一)と、しっかり者で明るい性格の幼馴染み、三宅真琴(演:石田彰)。

対照的だが確かな友情で結ばれている二人が学園で起きた殺人事件に巻き込まれる全年齢BLゲーム(PC)。

 

本作の特徴は、攻略対象が存在しない点。一般的なBLゲームは攻略対象毎にルートが分岐するが、本作では事件へのアプローチの違いによってルートが変化する。男性同士の場面は数シーンかあるものの、主人公は特定の人物と結ばれることなくエンディングを迎えることになる。

主人公の周囲には、親友の真琴、主人公を見守る執事兼精神科医(大学病院の准教授の地位を捨て執事になった)、幼馴染みの同級生等、様々な思惑を持つ人物が配置されている。しかし、主人公自身は恋愛感情とは無縁の人物。性的な事柄を担うのは、もっぱら主人公の別人格〈シュン〉である。

〈シュン〉は、教師や刑事を誘惑したり、同級生の裸を撮影して脅迫したりと、放埓で淫蕩な人格。度々主人格と交代して場を引っ掻き回す。主人格である舜は己の中に潜む〈シュン〉の人格に怯えつつ、度重なる殺人事件と心霊現象によってさらに精神が疲弊していくこととなる。

精神的に追い詰められていく舜の姿は痛々しく、陰鬱な描写が続く。唯一の救いと言えるのは、献身的に舜を支える真琴の存在である。真琴の明るい性格に舜は幾度も助けられる。

舜と真琴の友情を軸に、物語は事件解決へ進んでいく。

 


①殺人事件ルート「氷の花」
生物の教師、吉永貴也(演:成田剣)に接近するルート。

 

吉永先生は高学歴エリートかつ男女問わず大人気の美青年。天に二物を与えられた吉永先生だったが、精神的には不安定であった。心の乾きを癒すために、教え子たちと関係を持つ吉永先生。彼は学園の殺人事件の被害者二人とも肉体関係を持っていた。吉永先生の秘密を知った〈シュン〉は彼を誘惑する。

シュンに溺れる吉永。吉永を翻弄する〈シュン〉。吉永先生との記憶がなく、困惑する舜。
三者三様(二者と言うべきか?)の思惑が交錯する。

 

 

本作で最もBL濃度が高いルート。全年齢作品にもかかわらず吉永先生×シュンの濡れ場が用意されている。スチルは足や手の部位のみに特化し、絡みそのものは描いてはいないが、声優の演技はBLを意識している。

吉永先生がシュンを最後まで抱いたのかについては不明瞭だが、舜と〈シュン〉の人格が交代した際、舜は「何かがあった」ことは薄々感じるものの、身体の不調は一切見せない。これは吉永先生が挿入せず愛撫だけで済ましてくれたことを意味するのか。それとも〈シュン〉は吉永先生以前にも他の男と肉体関係があり、舜は身体の変化に慣れているのだろうか。真実を知る者は〈シュン〉ただひとりのみである。

 

明らかになった殺人事件の真相は、「殺人ではなく自殺だった」というあっさりした内容であった。

 


②殺人事件ルート「禁断の月」
舜の同級生、和久井遼(演:鳥海浩輔)と共に吉永先生の秘密を探るルート。

 

不良の遼(ハルカと読む)は名門男子校では浮いた存在。舜とは幼馴染みだが、何故か舜を敵視しており、何かにつけて意地悪を仕掛けてくる。
二件の殺人事件が起きた後、遼は舜に吉永先生の盗撮画像を見せる。その画像は、吉永先生と被害者たちとの濡れ場を撮影したものだった。この画像が出回れば、警察は吉永先生を疑うだろう。遼は盗撮画像を使って吉永先生を脅迫しようと提案する。事件の真相を知りたい舜はなし崩しで遼の提案に乗ることに。

しかし、不思議な能力を持つ女子高生によって、遼が本当は吉永先生が好きだったこと、不良の遼は先生から見向きもされないのに対し、優等生たちが先生と親しいことに嫉妬したことを言い当てられてしまう。盗撮画像は吉永先生に何でもいいから相手にされたい遼が偽装工作した物であった。

吉永先生は殺人事件に関与していないと判明し、遼は吉永先生に謝罪する。遼を許した吉永先生は、夜も遅いので自宅に遼を泊めることに。喜ぶ遼。ところが、部屋に入った途端、吉永先生が男の顔になって……。

 

吉永先生は自殺した二人とは関係を持ってはいなかったが、ゲイではあったという結末。先生と寝た翌朝、ギクシャクする遼が可愛い。ツンデレ不良受けはこれからも吉永先生に振り回されそうだ。

 


③心霊ルート
ホラー演出が冴えるルート。
ゲーム画面は全体的に青みがかっており、BGMは不安を煽る。

 

じわじわと恐怖が日常を侵食していく。舜も〈シュン〉も抗う手段を持たぬまま闇の中に呑み込まれていくのであった。

 


④誘拐事件ルート「時効」、true end「真実」
舜の兄である凛は十数年前に誘拐された。凛の遺体は見つからず、犯人の行方も分からない。まもなく誘拐事件は時効を迎えようとしていた。
誘拐事件ルートと全ルート攻略後に解放されるtrue endでは、この凛の誘拐事件を紐解いていく。

 

真琴と共に学園で起きた殺人事件を追いかけるうちに、舜は幼馴染みの秘密を知る。いつも一緒にいた真琴は、舜だけに見える存在だったのだ。
実在の真琴少年は、幼少期の舜の遊び友達だった。しかし、真琴は誘拐事件に巻き込まれて命を落とす。幼い舜は真琴の死を受け入れられず、真琴が生きているかのように振る舞ってしまう。舜の執事で精神科医である成宮英明(演:相沢正輝)は、真琴を孤独な舜の妄想が作り上げた少年と解釈し、舜の虚言に話を合わせていた。

実のところ、真琴は舜の妄想の産物ではなく、十数年前に亡くなった真琴少年の幽霊その人である。霊視能力がある舜は生きた人間と霊の区別がつかなかったのだ。驚くべきことに、真琴は舜の成長に合わせて己の容姿も成長させて、霊であることを勘付かせないようにしていたのである。

 

舜の不幸は、周囲の人々-執事兼精神科医の成宮も霊の真琴も舜の言葉を否定せず、彼の間違いを訂正しなかった点にある。

真実から目を逸らすことがはたして舜のためになるかと問えば、否であろう。もしも、舜が学園を卒業して社会に出た後も存在しない真琴がいるかのように振る舞っていたとしたら?舜はたちまち虚言癖のレッテルを貼られるだろう。舜のこれからの人生にとって、舜にだけ見える親友、真琴の存在は足を引っ張るに違いない。

では、何故成宮や真琴は真実を告げなかったのだろうか。「舜が悲しむから」だろうか。いや、二人は舜が傷つくことを恐れていたのではない。現実を見せたときに舜から自分の存在を拒絶されることが怖かったのだ。

執事兼精神科医である成宮の役割は「真琴が実在しているという妄想に付き合う」点にある。舜が真琴の非実在を理解し、妄想を紡がなくなると、たちまち執事兼精神科医の存在意義は消失する。霊である真琴は、生きた人間の振りをしていたことが露見すれば、裏切りに激怒した舜から拒否される可能性があった。関係を壊すくらいならば、嘘を吐き続けたほうがいい。成宮と真琴は、保身のために偽りを重ねることを選択したのだ。

 

二人のエゴに振り回されるかたちになった舜。それでも彼は真琴の非実在を受け入れて、しっかりと真実に向き合うことになる。
そこで登場するキーパーソンは、ツンデレ不良の和久井遼。

遼は和久井家の子息として、聖和学園に在学しているが、名門校のお坊ちゃん雰囲気に馴染めない。その理由は、遼が名家の和久井家の生まれではなく、養子だったことに起因していた。

遼の生みの両親である三宅夫妻は、長年子どもに恵まれなかった。思い余った夫妻はついに金満家の相澤家から赤子を誘拐し、自分たちの子どもにしてしまう。その犯行を手伝ったのが和久井家の主人だった。和久井家の主人は相澤家に身代金を要求し、得た大金で事業を拡大した。
一方、誘拐された赤ちゃんは三宅家の子どもとしてすくすく育つ。数年後、夫妻には念願の息子遼が生まれる。実子を得た喜びを知った夫妻は、かつて自分たちが他人の家から子どもを奪ったことがどれほど罪深いことだったのかを知る。夫妻はせめてもの罪滅ぼしに、実子の遼を和久井家に養子に出したのだった。

三宅夫妻は誘拐した子どもを実の子のように可愛がった。しかし、数年前の三宅夫妻の誘拐事件を模倣した人物が同じ手口を使って子どもを誘拐、殺害する。模倣犯はそうとは知らずに三宅家を狙ったのだが、奇しくも三宅夫妻は己の犯した罪によって子どもを奪われてしまったのである。

三宅夫妻の悲運は続き、夫も早くに死亡する。一人残された妻は、罪の意識を感じながら、誘拐事件の時効を迎えようとしていた。
実子である遼と誘拐事件被害者の弟である舜、そして舜にしか見えない存在である真琴の前で真相を語り終えた後、彼女は自首を決意する。

短い生涯で二度誘拐された子どもの名前は相澤凛という。三宅夫妻には、真琴と呼ばれていた。

 

つまり、
相澤家の次男=相澤舜
相澤家の長男=十数年前に誘拐された凛=三宅家の長男=三宅真
三宅家の次男=和久井遼
となる。

 

舜の幼少期の友達で、幽霊になってもずっと親友だった真琴。唯一無二の親友は、血の繋がった兄弟だったのである。

戸惑う舜と真琴。驚きつつも、二人は明かされた真実を受け入れる。

こうして、学園の殺人事件から始まった物語は、過去の誘拐事件を暴いて、大団円を迎えるのだった。

 

 

現在の事件を追求するうちに、過去の忌まわしい事件が暴露されるシナリオ構成は緻密に計算されている。

共通ルート序盤で説明された舜の兄誘拐事件。真琴の不自然な言動。遼が学校に馴染めない理由。何気ない描写が伏線となり、真相ルートに集約する。

 

その反面、謎解きに力を入れるあまり、キャラクターの心理描写は薄く、人間的魅力に欠ける。18禁であれば吉永先生や遼の恋愛感情はもっと踏み込んで描けたはずだ。

 

ミステリホラーの発想は良いが、全年齢にしてしまったためにBLゲームとしての特性を殺してしまった。惜しい作品である。