2021年上半期にプレイしたゲームの感想
【男性向けゲーム】
・『屠殺の園』
【BLゲーム】
・『桜雪』
・『スロウ・ダメージ』
【男性向けゲーム】
・『屠殺の園』(Catear)
戦争が始まってから四半世紀。極北の地に、親しみと侮蔑を込め「屠殺の園」と呼ばれる戦士製造の練兵場がある。女装少年ツバキも戦士になるべく練兵場を訪れる。
2007年4月27日発売。18禁ゲーム。
消費されるヒロインたちへの鎮魂歌。
本作は「男性向け18禁ゲームのヒロイン(攻略対象)」「ヒロインを産み出したゲーム制作者」「ヒロインを愛でるプレイヤー」の三つ巴の共犯関係を描く作品であるが、男女を入れ替えて「乙女ゲームの攻略対象」と「攻略対象を鑑賞する乙女ゲームプレイヤー」の図式に当て嵌められるかと言えば、否である。乙女ゲームプレイヤー(主として女性)が当該ゲームをプレイする際の視座は、男性向け18禁ゲームのプレイヤー(主として男性)のそれとは重複しないだろう。
攻略対象に恋をするのは物語上に用意された登場人物の特権であり、プレイヤーに出来るのは評論家よろしく寸評を述べることだけである。
なお、本ゲームにはボイスが実装されていないので、頭の中で配役を決めながらプレイした。女装少年ツバキは木島宇太さん、教官の敷島洋子は平井達矢さん、美貌の少年シャムは嶋崎比呂さんを脳内キャスティングしてみたのだが、他のプレイヤーはどなたを想定したのだろうか。
【BLゲーム】
・『桜雪』(パレット)
近未来の東京。軍人の久世さくらは父の連翹からある荷物を護送するように命じられる。カレンデュラ小隊の隊長に着任したさくらは、副隊長の節津蘇馬や隊員の鳥生七尾らを連れて、荷物を奥多摩へ運ぶが……。
2004年12月3日発売。18禁BLゲーム。攻略対象は五名。
近未来を舞台に、軍人の権力闘争を描いた作品。
個別ルートの周回で見えてくる人間模様と世界の秘密。絡まった糸を解いた先に待ち受けるのは大団円か悲劇か。一瞬たりとも目が離せない人間ドラマが展開される。
『桜雪』最大の功労者は鳥生七尾(演:先割れスプーン)。先割れスプーンさんの生き生きとした演技によって肉付けされた鳥生は、生を渇望し、最後まで諦めない青年である。美形とは言い難い容姿だが、物語の進行と共に彼の内面と来歴が暴かれるにつれて、誰よりも美しく気高い存在に変貌する。物語の枠を乗り越えて、エンディングに介入する鳥生の荒業には拍手。
また、鳥生が発した一言によって久世芝(演:平井達矢)との関係が判明した瞬間の驚愕も言葉では言い尽くせない。二人の関係性は盲点だった。語られないからこそ想像を掻き立てられる。
・『スロウ・ダメージ』(Nitro+CHiRAL)
近未来の日本。日本の一大カジノ・リゾートとして開発された特別行政区「新神海」に暮らす青年トワは、人の心の奥底に押し込められた爆発寸前の欲望をモチーフにして油彩画を制作していた。医者タク、タクの病院の手伝いをしている青年レイたちと交流を持ちながら、トワは絵を描くが……。
2021年2月25日発売。18禁BLゲーム。攻略対象は四名。
体験版の感想に、「カットインの演出含めて、まるでソシャゲのような作りである「探索パート」「心理パート」。このシステムを楽しめるか否かが、本作の鍵だろう」と書いたが、結論から言えば困難だった。
没入感を阻害する「探索パート」、選択肢の数に辟易する「心理パート」、相槌がうるさいパートボイス、気に障る目パチ、ゲーム発売直後のソシャゲ化発表、眼鏡医者、女装、店のトイレ内でのセックス(迷惑すぎる)、図書室内でのセックス(家でやれ)、無職(再就職先見つかるのか!?)、断髪(似合わない)、主人公の怠惰を指摘する脇役と擁護する攻略対象の対比(脇役が不細工、攻略対象が美形という顔面格差)……本作を構成する全ての要素が合わなかった。タクルートとレイルートをクリアして力尽きた。
短時間で数キロメートルを移動する主人公の健脚に驚かされる「探索パート」は、主人公の性格からは想像できないフットワークの軽さに最後まで違和感が拭えなかった。
毎回プレイヤーが行き先と主人公の言動を決定しなければならない点も面倒極まりない。一箇所ならともかく、毎回五、六箇所を探索し、キャラクターに遭遇したら〈NEGATIVE〉か〈POSITIVE〉の台詞を選択せねばならないのだ。その間、自動テキスト送りが解除されて、プレイヤーはマウスクリックでのゲーム進行を強制されるのだが、この単調なクリック作業の一体何が楽しいのかさっぱり分からなかった。
探索同様に、自動テキスト送りからクリック進行に切り替わる「心理パート」も、煩雑さでは引けを取らない。一回の「心理パート」における選択肢は14~18個。選択肢が多すぎるだけでも手間がかかるのに、この「心理パート」を乗り越えないと攻略対象とのエンディングを迎えられないのである。その上、攻略対象の「心理パート」に入るためには脇役の「心理パート」を経由しなければならないのだが、「心理パート」のクリアには、専用の「探索パート」で五、六箇所回って、複数のキャラクターと会話し、〈インスピレーション〉を獲得することが必須条件。つまり、タクENDに到達するためには脇役の眼鏡医者専用「探索パート」「心理パート」とタク専用「探索パート」「心理パート」を、レイENDに到達するためには脇役のショタ専用「探索パート」「心理パート」とレイ専用「探索パート」「心理パート」を終える必要がある。
わざわざ「心理パート」で暴かなくとも、眼鏡医者の目的もショタの正体も火を見るより明らか。紙芝居型BLゲームであれば、さらりと流れるようなエピソードである。しかし、本作では脇役の挿話を見るために、探索、会話選択、〈インスピレーション〉獲得、探索、会話選択、……の作業を繰り返さなければならないのだ。
眼鏡男性とショタは興味が持てないどころか、苦手な部類のキャラクターという点もあって、見たくもない男たちの心を暴くためにマウスクリックしていく行程は、疲労感だけが蓄積されていった。
「探索パート」「心理パート」で息も絶え絶えになりながら、ようやく突入したタク個別ルートとレイ個別ルートはいずれも疑問が残る展開で、このゲームを続けるモチベーションを失った。
ゲーム序盤、レイは「男性らしさ」「女性らしさ」という固定観念に囚われているキャラクターとして登場する。あえて「女性のように」髪を伸ばし「女性的な」柔らかな言葉遣い(所謂オネエ言葉)で振る舞い、男性性から回避していた。しかし、個別ルートの「心理パート」を通して己の性的指向を認めたレイは、攻め役として主人公を抱き、柔らかな言葉遣いをやめて断髪する。彼は「女性のような」自分から訣別し、「男性のような」人間への変化を選ぶのである。
このレイの一連の行動は、はたして彼は「男性らしさ」「女性らしさ」の迷路から抜け出せたのかという問いを投げ掛ける。自身のありのままの個性を肯定するならば、これまでの髪型と言葉遣いを改める必要はないはずである。一般的に長髪と柔らかな言葉遣いは女性の特徴とされるが、決して女性の専売特許ではない。男性が髪を伸ばし異質な言葉遣いをしても何ら違法性はなく、魅力や美点にもなりうる。とりわけ『スロウ・ダメージ』の世界では、レイの立ち居振る舞いは社会的に認められており、長髪でオネエ言葉の攻め男性として支障なく生活できる環境下に置かれている。しかし、レイはかつての自分をかなぐり捨て、「男性らしさ」を希求する。
過剰なまでの逸脱と逃避。
彼の行動から見えるのは、「女性的」からの忌避と「男性的」への偏重である。その根底には「男性とはかくあるべき」「女性とはかくあるべき」の峻別が伏在している。「心理パート」で心を暴いてもなお、レイは「男性らしさ」「女性らしさ」の自縄自縛に陥っているのである。
おじさん攻めとして注目していた中年男性タクは、頼りになるおじさんではなく、決断力に欠ける人間であった。「心理パート」においてタクを説得する場面では、18回言葉を投げかけても(=選択肢を選んでも)心を開かず、苛立ちが募る。たった一つの選択肢で決着をつける他社ゲームの攻略対象と比較すると、タクの頑なさには閉口した。
さらに、その「心理パート」の結果、タクの社会的立場と信用は失墜する。主人公がタクを堕とさなければ、彼は失職しなかったであろう。違法行為への加担よりも職を失う方が恐怖である。無職となった46歳中年男性タクの今後を想像すると、やり切れないエンディングであった。